2011-01-01から1年間の記事一覧

◇ 「三田さん、あんたたちの知りたかったのはこういうことだろう」 風向きが変わったのか、三田の燻らせるタバコの煙がわたしの鼻腔を刺激した。若い時期の一時、タバコを愛飲したこともあったがもう長いこと遠ざかっていた。わたしは不快感を露にするように…

◇ 「その時、父と由紀は裸で抱き合っていた。それがどういう意味か、裕二や淳司らから聞いていたから頭では分かっていた。それがいけなかったのだ」 三田はもう、わたしに質問などして来なかった。 「その時のわたしは、きっと由紀のことも奇異な目で見てい…

第10章 ◇混沌◇◇ 「ちょっと待てよ」 暗がりからわたしに声を掛ける男がいた。その声にわたしは吾に返った。まるでタイムマシンに乗って、過去の世界行き、突然舞い戻ってきたような気分だった。顔を上げると街灯の下に男が進み出た。その男の姿を見てわた…

◇ いつの間にか朽ち果てた切通しの前で、ボクは大きな橡の木を見上げていた。 まだほんの二年ほど前、たしか小学校三年生の頃まで、真夏の最中、早朝に自転車を走らせてここまで来た。ボクの乗る自転車は、近所の爺さんが乗っていたものだったから酷く大きく…

◇◇ 「ん?父ちゃん、どうしたんだ?」 ボクは父に声を掛けようとした。だが、すかさず由紀が 「なんでもないよ」 とそれを制したんだ。ボクが見るに、父はショウウインドウのガラスがたわむほど頭を押し付けていた。それほど何かに見入っていたのだ。 「ガラ…

少し錆び付いているのか、鉄製のドアはキキイと不快な高音を発っした。軋むようにゆっくりと開いたそこには、子供たちの靴箱が書棚のようにならんでいた。ここでわたしは、いつも由紀を待っていたのだ。友だちは皆、塾に行ってしまう。わたしたい兄妹は取り…

第9章 ◇悪夢◇ 「あのゲーム機、ヤマサに売ってたで」 裕二は大変な発見をした、というような口振りだった。そりゃそうだろう、と思った。淳司が買ったゲーム機は、まだ発売されてないものだと言われて買ったのだ。もっとも、近いうちに発売する、とも言って…

◇◇ 真っ暗な小学校の玄関は、外からの様々な光を受け入れ、天井や壁に奇妙な模様を描いていた。ボクはなぜここにいるのだろう?まるで記憶喪失になったように、そんなことを考えていた。でもボクはそれを知っていたんだ。ボクがここにいる理由は、ボク自身が…