2010-01-01から1ヶ月間の記事一覧

もはやこれ以上、交わす言葉も見付からなかった。会社から逃げ出したわたしの言葉など、彼にとって害悪以外の何ものでも無かった。 「悪いな、関口。今、親父の見舞いに来たんだ。退社した報告もしなきゃならんし、何より久しぶりなんだ・・・それが妙なこと…

◇ 電話に出ると関口だった。わたしの直属の部下である。もっともわたしの退社は既に決まっているのだから「だった」と言った方が正しいのだろう。 「どうした?」 わたしは無力感を隠さなかった。関口もまた、会社に絶望感を持っている一人だ。だから変な期…

◇ 善光寺下駅は長野駅から三つ目だった。地方の鉄道にしては珍しく地下鉄である。大掛かりな都市の再開発を行った際、鉄道敷きに幹線道路を造ったのだ。この為、鉄道は道路の地下を走ることになった。しかし、地下に駅があるのは長野駅から二つ目の権堂駅ま…

「あ、パパ」 出たのは有希だった。まるで一昨日までと変わらぬ様子だった。 「忘れ物でもしたの?」 有希は先回りして訊いてきた。有希は、わたしに似ずしっかり者だった。勉強もスポーツも出来、時々、連れて来る友達の話を聞くとクラスのまとめ役だという…

◇◇別離◇◇ 翌朝、早くに目が覚めたわたしは私鉄の時刻表を見るためにロビーへ降りた。私鉄は長野電鉄という一社しかない。更に単線だから、壁に張られている時刻表は単純なものだった。 取り敢えず父の元を訊ねてみようと思ったのだ。祖父母はとっくに死に、…

新幹線はエレベータより静かに停車した。それとともに乗客が次々に立ち上がり、降り口を目指した。わたしもそれに続いた。改札は駅の建屋の二階だった。そこへ向かうエスカレータに乗りながら、先ほど見失った記憶のことを考えてみた。だが、すぐに夢の記憶…

◇◇ どこか遠くで汽笛が鳴る音が聞こえた。薄っすらと意識が戻って来るにつれ、それも夢の一部に違いないと苦笑いが込み上げてきた。新幹線が汽笛を鳴らす筈がない。耳に意識を集中すると、それは場内放送の声だった。 「次は終点ながのとなりますー。お忘れ…

◇ 僕らは一週間前に髭おじから 「満月が昇る頃、鳥居の下で願えば叶う」 などといういい加減な話を聞き、試しにここへ来たのだ。そして、月が昇るのを待って――実際は、僕らに気付かないように月は昇っていたのだが――僕らは鳥居の下で願いを掛けた。 父が居な…

それから僕らはまた太陽の光を背にして歩き始めた。でも幾ら歩いてもこの街から逃れられないような気がした。街に居る大人がみんな僕らを見て、僕らの不幸に付いて話し合っているような気がした。通行人、買い物客、店の奥の暗闇からレジを打つ手を止めて僕…

僕らは髭おじの家を出た。僕はなるべく家から遠くに行こう思った。昨夜以来、僕らは近所の大人たちの好奇の目に晒されていた。そして今も誰かが僕らのことを監視しているような気がしたんだ。由紀も僕と同じことを考えていたらしい。僕らは並んで袋小路を出…

その晩遅くに、母と由紀は荷物をまとめ、家を出た。出たといってもこんな真夜中であるし遠くに行くことなど出来ない。取り敢えず髭おじの家に泊めて貰う事になった。これから先どうするのか僕には想像も出来なかった。考えてみれば母の実家には行ったことが…