もはやこれ以上、交わす言葉も見付からなかった。会社から逃げ出したわたしの言葉など、彼にとって害悪以外の何ものでも無かった。
「悪いな、関口。今、親父の見舞いに来たんだ。退社した報告もしなきゃならんし、何より久しぶりなんだ・・・それが妙なことに病院の受付が、知らないって言うんだよ。そんな人、入院してないって・・・まさか俺がしばらく疎遠にしてた間に死んじまったってことは無いと思うんだが・・・そんなんなら、連絡来る筈だよな・・・だからちょっと女房に電話して、病院を確認しないとな。以前、何通も貰った手紙を女房が持ってるんだ・・・そうそう、離婚したんだがな。でもまだ、持ってて貰ってるんだ」
ははは、とわたしは笑った。関口も無意味な笑いを返してきた。
「北原さんって、実家に帰られたことあったんですね」
てっきり仕事一筋だと思ってましたよ、と言いながら関口の声は涙声になり始めた。
「家庭も顧みないで一生懸命仕事してた北原さんが、会社にいられなくなるなんておかしいっすよ。社長なんて、ずーっと遊んでて、会長が亡くなった途端に仕事に口出してきたんじゃないっすか。会社のことも仕事のことも全然分かって無いじゃないすか。このままじゃ駄目っすよ。駄目になるばっかりっすよ。オレ等どうなるんすか?・・・」
 一度、堰を切った涙は容易に止まらない。特に悔し涙の時はそうだ。それは、若いくせに自分の心を抑える術を心得ている関口にしても変わらなかった。おそらく関口は、生まれてこの方、こんな風に悔し涙を流したことなど無かっただろう。そしてそれ以上に他人を批判したことなど無い筈だった。しかし今、関口の言葉の端々に、憎しみにも似た感情が露になっていた。
 こんな若者に、人を憎む気持ちを教えることにどんな意味があるのというのだ?わたしは彼に問いたかった。彼とは、亡き会長の後を継いだ二代目の社長、芹田貴明である。
「北原さん。戻って来れませんか?今ならまだ、頭を下げれば戻れます。みんなそう言ってる・・・」
 関口の言葉にわたしは何も返せなかった。そんなわたしの沈黙に、関口は我に返ったようだ。
「済みません。勝手なことばかり言って」
それから関口は、忙しいところ長電話になっちゃって済みません、と言って電話を切った。わたしはしばらく切断音の余韻を聞いていた。ようやく携帯から耳を離した時、ふいに声を掛けられた。
「乗らんのですか?」
目の前にタクシーが留まっていた。どうやら病院前のタクシー乗り場にいたらしい。わたしは少し迷ってから乗ることにした。これ以上、病院にいても意味が無いと思ったのだ。

 タクシーの中でわたしは目を閉じた。すぐさま昨日までの日々が鮮明に蘇った。
 芹田貴明は亡き克明前社長の息子だった。しかし生前、克明氏は彼が後を継ぐことを望まなかった。父として、息子の器を知っていたのだ。しかし克明氏が急逝すると、一部の不満分子が保有株式数を盾に彼を担ぎ上げたのだった。
 そこへこの不景気が重なったことは不幸としか言いようがない。急激な業績の悪化に、貴明が取った手は取り巻きで自分の周りを固めることだった。克明社長時代からの役員は難癖を付けられ次々と退社に追い込まれた。中でも柴崎専務の場合は酷かった。克明氏が自分の後継者と考えていた人物だった。愚直なほどの真面目さ、それだけが取り柄ではあったが会社の難局を乗り切るには彼のような我慢強い人物が適材だったかもしれない。しかし柴崎は会社を去った。
 貴明は、柴崎にこう言ったという。
「柴崎さん。あなたが次の社長だ。それは父が望んだことだ。だから筆頭株主となったボクもそれを認めざるを得ない。社業発展のため、是非、頑張って欲しい。ただし条件があるんだ。素晴らしい柴崎さんにもっと素晴らしくなってから社長になって欲しい。だからさ、経営者研修会に行ってきてくれないか?もう手配してあるんだ。坂井が手配してくれた。ほれ、これだよ」
そうして柴崎専務が見せられたものは聞き覚えのある経営者研修会のチラシだったという。それは役員のリストラ専門として有名なものだった。しかし愚直な柴崎専務がそれを知ろう筈も無かった。彼は他人の悪意など微塵も信じぬ人間だったから。
 その柴崎に貴明は更にこう続けたという。
「ね、柴崎さん。会社の将来の為なんだ。ちょっと大変だけど一ヶ月、ここ行って来てくれない?」
会社のため、と言われ柴崎が断る理由は無かった。
 それから一ヶ月の後に帰ってきた柴崎は、まるで別人のようになっていた。格闘技の選手のようであった身体は痩せ細り、重々しかった眼光は宙を彷徨った。特に皆が驚いたのはその声だ。地の底から捻り出す様な重厚な声だった筈が、まるで少女のように弱弱しいものに変わっていた。一週間後、柴崎は辞表を提出した。あれから半年以上経過しているが、精神病院に通院していると聞く。
 それだけ思い出したところで、わたしは不思議なことに気が付いた。柴崎専務はわたしを重用してくれた人物だ。わたしなど、専務以上に真面目なだけが取り柄の凡庸とした人間だったのに。そんな専務にわたしは恩義を感じていた。尊敬すらしていた。だから、専務が追放されたこの時のことを思い出すと、怒りに身体が震えた。全身が熱くなるのを抑えられなかった。その筈だった。しかし不思議なことに、今のわたしは自分でも驚くほど冷静だ。一連の出来事がまるで安っぽいテレビドラマに感じる。
『随分と子供染みたことをしたものだ』
苦笑いが止まらなかった。


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