※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。

(所謂二次小説で、本物とは一切関係ありません)


一瞬、伸一は全身の血が逆流するのを感じた。なんだ今更?と怒りが込み上げてきた。さんざん好き勝手して母さんを侮辱した挙句、出て行ったまま、えっと、出て行ったまま、、今じゃねえか!十何年も前に出てったきり、顔を見たのは今、いや正確にはこの間のパーティーが初めてじゃねえか!!まったく出鱈目な親父だ!いや、親父なんて呼んでやらねえ。この糞野郎!今更何が「母さん元気か?」だ。ふざけるな!と伸一が心の中で咆哮していると

「ふざけるなこの野郎、か?」

と雅之が頭を掻きながら言った。伸一は心を見破られたようで驚いた反面、更に不愉快になった。

「ま、怒るのも無理ないわな」

雅之の言葉に、少しは分かってるじゃねえか、とは思ったものの、だからって許してやらねえ、とも思った。そして更に火に油を注ぐように

「まあまあそんなに興奮するなって」

なんて雅之が言うものだから伸一の怒りは頂点に達した。もはやマグマが頭を満たし噴火寸前、色白の顔は焼けるように真っ赤になり、耳や鼻といった穴という穴から蒸気が噴出し始めていた。しかし雅之は恐れを知らぬアルピニストのごとく敢えて火の山の怒りに触れた。

「ったくしょうがねえ奴だな」

ったくしょうがねえ奴だな、って誰のことだ?一瞬伸一は訳が分からなくなった。さんざん女優、モデル、テニスプレイヤー、新体操くずれの家政婦に至るまで浮名を流し続け母を冒涜し続けたのは誰だっけ?オレの記憶ではこいつだった筈なんだが、そいつからオレが何故しょうがねえ奴呼ばわりされるんだ?その瞬間マグマは臨界点を超え、しかしだらだらと流れ始めた。怒りが頂点を超えた時、そのエネルギーは爆発を前に漏れ始めてしまったのだ。

くそ!伸一は我に帰った。パーティーでこいつに遭ってからオレはずっとこの調子だ!伸一は冷静さを取り戻そうと深呼吸した。

「ほう、ようやく冷静になったな」

「貴様に言われる筋合いは無い!」

「まあ、そう言うなって」

「うるさい!」

伸一は雅之を振り払うように部屋から外に出ようとした。しかしそこで一度立ち止まり、振り返った。そして雅之を冷ややかに見詰めた。

「一つ聞いておきたいことがある」

「ほう、なんだ?」

「貴様にとって母さんは何だったんだ?金蔓か?」

雅之はしばらく考えてから答えた。

「こ・や・し?かな?」

「なんだと?」

「オンナは男にとって芸の肥やしだと関西の芸人達がよく言うだろ」

「知るか!そんなこと。じゃ、おれは肥やしの子供か?」

「ちっちっちっ」

と雅之は口を鳴らしながら右の人差し指を立て、それを左右に振った。

「肥やしに蒔いた種が良かったのよ。誰あろう、俺様の種がな」

再び伸一は怒りが込み上げてきた。

「よおく育ったのー。さすが俺の種だ。どうだ、俺と一緒に来んか?」

伸一は、ふざけるな!と言い残し廊下に出た。同時に控え室のドアを力任せに閉めた。最低だ。最低の野郎だ!こんな奴に芸術が分かって堪るか。この冷血漢め。オレは絶対認めないぞ。伸一は足早に歩いた。先に部屋を出ためぐみが廊下の途中で待っていた。

「おい!おまえはマテウス国際ピアノコンクールがあるんだ。今日の演奏からおかしな影響受けるなよ!」

めぐみを怒鳴り付けると伸一は突然のことに呆然とする彼女の腕を乱暴に掴み、引き摺るように足早に歩いた。

「先輩痛いですよ、あ!イタた!」

というめぐみの声が聞こえたが無視。今はただ一時でも早くあの汚らわしい男の元から離れたかった。

『何が「俺と一緒に来い」だ!まったく勝って言うのもいい加減にしろ!ほんと自己チュ―というか自分本位というか、ガキの頃捨てた子供が世に出てきたら今度は一緒に来いだと?そんな勝手なことが許されるものか!』

それにしても、と伸一は思った。なぜシュトレーゼマンがあんな奴の指揮をする?私生活の出鱈目さには共通したものがあるものの音楽性の権化のようなシュトレーゼマンとテクニックに溺れ切った雅之では水と油の筈。そこまで考えて伸一は、さっき伸一が控え室から飛び出した時のシュトレーゼマンの顔を思い出した。雅之と伸一の遣り取りを聞いていた筈なのに、たしか彼は笑っていた。

『なんで笑ってたんだ!?』

伸一は不条理な現実に込み上げる怒りを禁じえなかった。

「痛い!ひいいー」

のだめの悲鳴が聞こえた。振り返るとあまりの怒りにめぐみの手を力いっぱい握ってしまったらしい。

「先輩、乱暴はい・や」

めぐみが目を瞑り唇を差し出してきた。

『く!なにやってんだこいつ!』

伸一は頭突きで応じた。先輩ひどいですぅ〜という間もなく気絶しためぐみを抱え、伸一は観客席に向かった。途中、他の客がめぐみの様子に気付き首を傾げたりしたが、そこは上手く切り抜けた。なんとか席に辿り付き、めぐみを隣に座らせホッと一息付いた。