「あんな奴の言うことまともに聞くんか?」
「いいじゃない。試しに行ってみれば。他に行くとこも無いし」
「やだよ淳司の家でゲームやるんだ!」
「何がゲームよ!いい?裏山の神社に天狗が出るのよ!」
「馬鹿じゃねーの。天狗なんている訳無いだろ!髭おじの出鱈目な話だよ!」
「出鱈目かどうか行ってみなきゃ分からないわ」
「分かるよ!みんな髭おじは怪しい人だって言ってる」
「卓巳は髭おじと話したことあるの?話したことも無くて何でそう決め付けるの?」
由紀の反撃に僕はたじろいだ。「だって、みんなが言ってる」などと口篭もっていると
「他人の話をそんなに簡単に信じていいのかな?自分で話してみて髭おじが本当に変な人かどうか自分で判断するべきだと思うな」
と畳み掛けられた。
「私は、意外といい人かもしれないと思ったわ。そうねえ、初めてちゃんと顔を見たけど髭を剃れば案外二枚なんじゃないかしら。それに目が優しそうで悪い人には見えなかったなあ」
「じゃ、何であんな生活してんだよ」
「さあ、大人にはいろんな事情があると思うのよ」
「ふん、騙されてんだよ」
「はは、私を騙してどうすんの」
たしかにそうだと僕が思った瞬間に勝敗が決した。僕は敗北感に打ちひしがれながら由紀の後を付いて歩いた。

 学校のある街中から、僕らはどんどん北の方に向って歩いて行った。街並が切れ雑木林が広がり始めた先に小山があるのだ。小一時間もあれば小学生でも頂上まで登っていけるその山は、昔は杉の木を植林したりしていたらしい。それを二十年位前に山を削って団地にするという計画が持ち上がり東京の不動産会社が買収した。ところがそれからしばらくしてその会社が倒産してしまい、それきり放ったらかし。今は雑木が生い茂り放題だ。
 そんな山の東の上り口に目的の神社は立っていた。境内に到る参道の入り口は街中から走ってくる道路に面していた。まるでそこがこの小山への入り口というようだった。道路の反対側は単なる荒地だった。ここも、かつては宅地開発用に切り開かれた土地らしいが、開発計画が頓挫したまま放り出された土地だ。そして道路と荒地との間を線路が走っていた。その電車に乗っていると参道の入り口が丸見えだった。
 そんな荒れ果てた感じの参道だったが、入り口には立派な山門があり、山門の左右の室にはそれぞれ由紀や僕の三倍は背が高そうな仁王が一体ずつ入っていた。仁王は恐ろしい顔をしたまま、二人を見下ろしていた。作り物とは分かっていても僕は肝が縮むのを感じた。 
「なんで由紀はこんなところに行きたがるんだよ」
僕は心の中の疑問を口に出してみた。
「ゲームとかやってた方が楽しいじゃないか」
「ゲーム?あんた知らないの?一日十五分以上ゲームやるとゲーム脳になって将来犯罪者になっちゃうんだよ」
「何オーバーなこと言ってんだよ。そんなら日本中の子供がみんな犯罪者だよ」
「だから世の中変な人が多くなっちゃじゃない。卓巳もゲームばっかやってると変な大人になるぞ」
いつもこうだった。僕が由紀に論争を挑んで勝った試しが無い。もっとも由紀はクラスでも一番元気が良いし勉強も出来るし頭もいい、僕はまあ普通といった所だからそもそも勝てる筈が無いのだ。僕はそっと溜息を付いた。
 由紀は、この街に住んでいたことをずっと忘れたくないから、と言った。僕は、そんなずっと先の将来のことの為に苦行のようなことをする必要があるのだろうか、と思っていた。今を楽しく生きる方がいい。その方がいい思い出にもなるじゃないかと。
しかしずっと後になって気付いたことだが、当時の僕はただ先のことなんて考えることが出来なかっただけなのだ。その頃の僕の悩みといえば、とても長くて嫌な授業はなかなか終わらない、逆にお気に入りのアニメの放送日なんていつまで待ってもやって来ない、といったことだった。僕は毎日そんなことに悩まされて生きていただけだ。そしてまたこの退屈な毎日が永遠に続くものと思っていたのだ。そんな僕には由紀の考えなど老人か、不治の病を患い短い余命を宣告された病人の考えのようにしか思えなかった。
でも、後から考えるとこの頃の由紀は、日々ただならぬ不安に苛まれていたのかもしれない。僕らが何気なく過ごしている日常が、ちょっとしたきっかけで消え去ってしまうんじゃないかという不安。僕が飽き飽きしている日常がとても脆いものだったと由紀は気付いていたのかもしれない。
由紀の散策癖はこの頃に始まったことじゃない。由紀が僕を連れてあちこち歩きまり始めたのは、小学校に上がって間もなくのことだった。つまり僕と父が住む家に由紀と母が来てすぐの頃だ。それを考えると、由紀は初めからずっと不安を抱いて生きてきたのかもしれない。僕ら四人の生活が、いつか嘘のように消えてしまうことを由紀はずっと恐れて来たのだろうか?



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