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ドイツワールドカップジーコジャパン代表選手決定おめでとう!
大会での健闘を祈念してサッカー小説「相撲ストライカー」を書きました。

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「茶髪じゃな、関取になれねえんだよって何べん言わせれば分かるんだい!」
「本当に申し訳ありません。おいらは勿論分かってるんですが、実家の母がどうしても許してくれないんです」
「ああ分かってる分かってる。その道では一等有名なカリスマってのは良く存じ上げているが、かと言って息子の仕事に口を出すのは頂けねえ」
「はあ、しかしこれだけは譲れねえって。聞かねえんです」
ううーん、と親方は深く腕組みをし見事に禿げ上がった頭を傾げて考え込んだ。毎晩、乳液をたっぷり塗り込んで執拗に手入れしているせいか禿頭の輝きは尋常ではなかった。まるで鏡のように、親方が頭を動かすたびキラキラと激しく蛍光灯の光を反射した。眩しさに市太郎が目を伏せると、親方は何を勘違いしたのか
「おいおい、叱ってるんじゃねんだ。何も泣くこたあねえだろう」
と慰めるように言った。
「おめえは今時珍しいくれえの親孝行だからなあ。ま、親父さんが死んでからってもの、母一人子一人でここまで頑張ってきたんだ。ましておっかあはそんな苦労をしながら一つ道を極めなすった偉えお方だ。おめえが出来るだけおっかあの希望を叶えてやろうって気持ちも分からんでもない」
そこまで言って親方は唇を濡らすようにずずっと茶を啜った。そして、これから話の方向を変えますよ、と予告するかのように顔を顰めた。
「けどなあ。協会が許してくれねえのよ。『あの頭をなんとかしろ』ってな、矢のような催促が来てんだ。なんとかならねえなら廃業させろって声まである。おっと慌てねえで最後まで聞け。みんな本気で廃業させろなんて思っちゃいねえ。おめえの将来性はみんな知ってる」
それから親方は身を乗り出し、急に声を小さくして続けた。
「こんなことは大きな声じゃあ言えねえが、グローバル化って奴が進んでよ、ここんとこ日本人が横綱になってねえだろ」
言いながら稽古場に繋がる廊下の方をチラと見やった。不思議なものでタイミング良く新大関・魁座亜皇の奔放な大笑いが聞こえた。先場所、大関に昇進したばかりだが、二場所連続全勝優勝。どう見ても相手になる力士はいない。新聞紙上では来場所にも横綱に昇進する、などと書きたてられている。
「ち!俺が現役時代、関脇までしかいってねえもんだからカイザーの奴、大関になって以来すっかり俺を馬鹿にしやがって!まるでこの部屋の主のような態度だな」
親方の憤りももっともだと思うほど、魁座亜皇は大関に昇進するや独裁者のごとき振る舞いをし始めた。それは日を追って酷くなり、弟弟子達に対しても暴虐の限りを尽くす。そもそも上下関係の厳しい角界とはいえ、グローバル化とともに古い因習は徐々に薄れ民主的な運営が進み始めた。ところが、あろうことか民主化の風をもたらす筈の外国力士が、絶対王政ともいえる封建制度を部屋内に確立し始めたのだ。簡単に言うと、二十四時間パシリをやらせるのである。それも、ほとんど嫌がらせ。というより苛め。わざわざ反抗的な態度を取るまで苛めた後、稽古と称してボコボコにする。つまり、魁座亜皇は嫌な奴なのだ。しかしいくら嫌な奴でも強者が正義のこの世界、誰も抵抗できない。というより抵抗しても魁座亜皇は強いからやられる。
『欧米列強の民主主義なんて嘘っぱちよ!相変わらずの帝国主義さ』
などと酔うたびに親方は愚痴るようになった。もちろん魁座亜皇の居ない隙を狙ってだ。
「なんとかよお。おっかあに頼んでその頭、なんとかしてくれよ。実はな、協会長の松の海親方からも言われてるんだ。なんとかしてくれろってな。只でさえ新入りが少ねえご時世だ。体格は良くなる一方だってのに、なんだかな、若えのがニートやら外界に出ようとしねえ世の中になっちまった。他人に顔見られるのが嫌だってんだ。まして尻見られるなんざとんでもねえ、てなもんだ。ところが逆に海外からは入門希望が後を断たねえ。このままじゃ角界は外国力士の植民地になっちまうのさ。な、イチ。おめえは各界の虎の子なんだ。日本の角界はおめえの双肩に掛かってるといっていい。だからな、ここまで協会の役員様方は多めに見てきた。だがな、そろそろ何とかしてくれろ、ってんだ」