「あなた細かいわねえ。お相撲さんってもっと豪快だと思ってたわ」
「誤魔化すな!いったい留美子って誰だ?」
「あなたの血を分けた妹よ」
「じゃ!」
「お父さんは、別の人です」
市太郎は膝の力が抜け、その場にしゃがみこんだ。すると、頭上から母の声が降り注いだ。再び、天井に、館全体に母の声が響き渡り、その振動が市太郎の耳ではなく身体を通して聞こえてくるようだった。
「やっぱりね!だから言わなかったのよ。あんたがショックを受けるんじゃないかって思ったから。でもね。私だって生身の女です。ですからあの人が死んだ後、ずっと一人でいるなんて出来ないの」
「じゃ、誰がお父さんなの?」
「それは秘密」
「なんで?なんでその人と再婚しないの?」
「だって、あなたが『お母さん再婚してもいい?』って訊いたら『やだ!』って言ったじゃない」
「いつの話だい!?そんな憶えないぞ」
「えーっと、幼稚園の年中さんの頃かな?」
「そんな!まだ父さんが死んでから一、二年しか経ってないじゃないか!」
「でも、あなたに駄目って言われたから、その時の人とは別れたの。だって彼、独身だったから私と結婚したがったんだもの」
「ええ!じゃ、その時はまた別の人?」
「そ、そうよ。それから六人目よ。留美ちゃんのお父さんとお付き合いするようになったのは」
「な、な、ところでその男は誰だ?」
「駄目。言えないわ。言ってはいけないの」
「何故だ!」
「彼は家庭のある人だから」
「ええ!じゃ、不倫って奴?」
「ち、違うわ!純粋な恋愛よ。これだから子供は困るわ!だから内緒にしてたのよ。まったく世間知らずのお子ちゃまに大人の話に首を突っ込んで欲しくないわ!」
母は明らかに逆切れしていた。市太郎は「ううっ」と小さくうめくしかなかった。
 市太郎は子供の頃から「お前の父親は優秀だった」とか「超・格好いい人だった」とか「スポーツ万能&大学一流」と聞かされて育ってきたのだ。それがコンプレックスにもなっていたし、既に記憶に無い父の姿は市太郎にとって完全無欠な男の理想像と化していた。その父を、母はいとも簡単に忘れ去り、あろうことかその後六人もの男達と恋愛していたというのだ。
「まさか、その後も色んな人と付き合ってきたの?」
「まさかあ!あなた、母さんを恋愛依存症だとかって勘違いしたんじゃないでしょうね。留美ちゃんのパパと出会って以来、ずっと彼一筋です」
他の男と一筋だなどと言われてもあまり嬉しいものではない。
「その人、そんなに格好いいの?それともお金持ち?」
「え?馬鹿ねえ。男の良さは見てくれじゃないわよ。お金でも無いわ。優しさが一番なの。この人は私を大切にしてくれる、って思う人に女は恋するのよ」
母の瞳が乙女のように輝いた。