こんな下品な女のどこがいいのだろうと思うのだが、留美子は真奈美と大の仲良しだ、それどころか尊敬している節すらある。最近は真奈美の下品な言葉遣いを真似したりする始末だ。
「おい、なんか部活でもやった方がいいんじゃねえのか?」
真奈美が薄ら笑いを浮かべながら言ってきた。
「少しは痩せるぜ」
「もう三年生だもの。今更入部しても他の部員の迷惑だよ」
「試合に出ようっ言ってんじゃねえんだ。ただ、一緒に練習させて貰うだけだよ」
「それなら一人だって出来るじゃないか」
「一人じゃやらねえだろ。こうして毎日ごろごろごろごろしてると本当に豚になっちまうぞ」
「大きなお世話だよ!勝手に人の部屋に入ってきて。それも窓からなんて不法侵入じゃないか!」
「だって、窓拭きやってたんだよ」
言われて見ると、屋上から窓拭き用のゴンドラが吊るされてた。
「とにかく出てってくれよ。留美子!お前も出てけよ」
留美子と真奈美は顔を見合わせどちらからともなく「行くか」と声を掛けると窓の方へ向った。途中、留美子が「せっかく心配してるのに」と聞こえよがしに呟いたが市太郎は無視した。窓の閉まる音がしたのでそっと見ると、留美子と真奈美がゴンドラに乗って降りて行くのが見えた。
「部活かあ」
二人が消えた部屋で市太郎はポツリと呟いた。あてが無い訳では無い。実は今日、同じクラスの中山君から誘いを受けたのだ。
「サッカー部に入らない?いや、入ってくれないかなあ」
「え?サッカー部?俺みたいなデブなんかとっても無理だよ」
「そんなことないさ。湊くんなら、そうだね、身体が大きいからデフェンダーに向いてるよ」
「そ、そう?でも自信ないなあ。サッカーなんてやったことないもの。あれって運動神経のいい人がやるスポーツじゃないか」
「そんなことないよ。楽しくやればいいのさ。幸いうちの高校のサッカー部は強豪じゃないからね。楽しくやるのが一番の目的なんだ」
「へえ。でも、人気スポーツだから部員なんて沢山、いるんだろ?僕なんて足手まといになるだけだよきっと」
「あ、ああ、そうだね。幸い強豪じゃないから、実は一年生まで入れて十一人しかいないんだ」
「へ?サッカーって何人でやるんだっけ?」
「イレブンだから十一人だよ」
「じゃ、ぎりぎりかあ」
「そ、そうなんだけど。あの、僕がさ、ほらこの通り身体が小さいでしょ。それに運動神経も鈍いから、結構みんなの足手まといなんだよね。それで、いつも僕が狙われて点取られてるから、誰か代わりの選手を探して来いって」
「え?探して来いって言われたの?」
「う、ううん。違う。違うよ。探して来ようって僕が思ったんだ。三年間に一度くらい勝ってみたいからね」
 確かに中山は背が低い上に痩せていて華奢である。体育の授業を見ても、足は遅いしとても運動神経が良いとは思えない。しかし、中山が練習熱心なのは市太郎も知っていた。市太郎ばかりではない、学校の誰もが知っていた。朝、登校すると必ず中山がボールを蹴っている姿を見た。昼休みも、必ず校庭で練習する中山を見た。夕方も勿論だ。彼のカバンの中にはいつもサッカー雑誌が入っているのが見えた。それも有名選手が表紙を飾るミーハーなものではなく、まるで文芸誌のように地味な拍子のサッカーに関する教本と思われるものだ。そんな中山が、自分の代わりの選手を探していると思うと市太郎は胸が痛くなった。