ほどなくして前半終了のホイッスルがグラウンドに鳴り響いた。両チームの表情はまるで対照的。というより別の競技をしてきたようにすら見えた。
 星雲イレブンは、いかにも激しいスポーツをした後らしく汗だくで激しく肩で息をしていた。何人かはげっそりと頬がこけてすらいた。戦いが厳しかったことが窺い知れた。対して国立浜川は、誰一人呼吸を乱しておらず、そればかりか全員が無表情だった。しかしそれは、試合を優勢に進め尚且つリードしたチームの選手には不似合いな深刻な表情にすら見えた。その理由はすぐに分かった。突然、国立浜川の監督の声がグラウンド全体に響いたのだ。
「おい、佐々木!高木!おまえら交代だ!」
あれほど優勢だったにも関わらず、国立浜川は満足出来ないらしい。名門には名門なりの高度な要求があるのだ。選手達はその要求に答えるための戦いをしていたのだ。そして星雲の誰も、観衆の誰も気付かなかったことだが、佐々木と高木という二人の選手は要求に答えられなかったようだ。
 続いた監督の怒声に、星雲ベンチも観衆も更に驚いた。。
「星雲にクリアさせた時プレッシャーを掛けるタイミングが早いんだよ。もう少し星雲側に自由を与えてやればゴール前に張り付いたデフェンスラインまで浮き上がらせることが出来たろう。そこを突けばロングボール一本でゴールできたのだ」
どうやら星雲のあのチャンスは仕組まれたものだったのだ。ゴール前に九人で壁を作った星雲に対し、国立浜川は意図的に奇跡のようなチャンスを与え、星雲が攻撃に気持ちを向けて壁が崩れるのを待っていたのだ。そこを一気にカウンターで攻める為の罠だったのだ。中山が思いがけずゴール前までドリブルできたのも、アレッサンドロ・デル・ピエロが中山の身体に降臨したからなどではなく、単に国立浜川の作戦だったに過ぎない。
「やっぱり駄目なんだ」
という焦燥感に星雲ベンチは包まれた。監督の高度な戦術とそれを忠実に実行する選手の高い能力、そんな国立浜川に星雲がかなう筈がない。前半、唯一のチャンスすら国立浜川の掌中で躍らされていただけなのだ。
「どうする?」
誰かが呟いた。しかしその問いは誰の胸の中にも湧き上がったものだ。それは、後半攻めに出るか守るかを選択するものだ。圧倒的な実力差のある相手に対しては、守りを固めるのが定石である。やはり徹底的に守り抜くのが正解だ。第一、攻めに出たら再びカウンターを食らい一体何点取られるか分かったものではない。そんな惨めな敗北を喫するくらいなら、なんとか前半の一点で留めておけば強豪・国立浜川に対し一対0と健闘したことになるのだ。一点差の敗北であればなんとか面目は立つ相手だ。
 誰もがベンチに座ったまま俯き、土が剥き出しの地面を見詰めながら名誉ある敗北に心を動かされていた。
『あの浜川に一点差で負けちゃってさ』
と言えば、誰もが
『すっごーい!もしかしてもうちょっとでJリーガーだった訳?』
と驚いてくれるに違いない。更に
『まあな。あの時、浜川にいた○○がさ。あのほらジェップ千葉にいる奴。あいつと競り合って作ったのがこの傷さ』
とか言って猫に引っ掻かれた傷を見せても様になるだろう。
 誰もがそんな誘惑に駈られていた。そんな夢見心地な雰囲気を、中山がぶち壊したのだ。
「攻めましょうよ!」
まだ、夢の中を漂っていたイレブンは中山が何を言ったのか理解できなかった。ただ、口をぱくぱく開いたり閉じたりしたのが見えただけだった。しかし、中山は繰り返し言った。
「攻めましょう!何点取られても。攻めてさえいれば奇跡が起きるかもしれない。一対0で負けるより、十点入れられても一点取って負けた方が意味がありますよ!」