『馬鹿か!お前の前半のチャンスなんて、向こうに仕組まれたものなんだぞ!』という言葉が全員の胸に一瞬湧き上がった。しかし、それは一瞬にして消え去った。まるで燃え落ちる紙屑のように、言葉ごと真っ黒な燃え滓となってイレブンの心から消え去って行った。先ほど頭の中に浮かんでいたおかしな白昼夢も、誰もが忘れ去ってしまった。今、自分たちが求めるものは唯一得点であると、誰もが認識したのだ。
「中山の言うとおりだ。攻めよう。全員で」
キャプテンの宮友が立ち上がった。その声につられて全員が立ち上がった。
「全員でぶつかっていけばきっと活路が見出せる」
エースの中浦が言った。
「よし、ワントップ・ナインバックの超守備的なシステムを捨てる。攻撃的に行こう。中浦、中山でツートップを組め。中出、尾乃江が中盤でゲームを組み立てろ。須都、梶が両サイドバックだ。センターバックの宮友、中川と白元、服東のダブルボランチがゴール前を固め、それ以外の六人で徹底的に攻めろ!」
監督の指示に全員が大声で
「うおー!」
と答えた。その時ちょうどハーフタイムの終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。

 応援が少なく芝生の緑が目立つ星雲側観客席の、ベンチ裏に市太郎は座っていた。サッカーを見るのは勿論、初めてだったが、緊張に心がざわめくのを感じていた。点差は一対0という最小得点差だったが、それ以上に大きな差があるのは明らかだった。しかし、選手達がどう思っているのか知れないがなんとか勝ちたい気持ちが時間を追う毎に膨らんできた。ハーフタイムの時間がもどかしく、ベンチの中を覗き込んだりしたが、中で何を話し合っているのか聞こえなかった。そして選手達が突然奇声を上げるやハーフタイム終了の笛の音が聞こえてきたのだ。
 どうやら選手達以上に緊張してしまったらしい。手の平は汗でべっとりしていたし、高鳴る心臓の音が耳を塞ぐようだった。ベンチを飛び出す選手達の中に中山の姿を探したが見つからない。交替させられてしまったのか?と思ったが、よく考えると十一人ちょうどしかいないのだ。そんなことを思っているうち中山が飛び出してきた。市太郎は声を掛けようとしたが緊張にカラカラの喉は容易に声を発してはくれなかった。中山がそれと察したのか、ふいに後ろを振り向いた。そして右手を上げ市太郎に向かって振った。いつも悲壮感に包まれていた中山の表情は、満面の笑みを湛えていた。これまでの苦労や苦難の全てをぶつける場がついに与えられたかのような笑顔だった。まるで祖国の未来を信じ戦場に向かう兵士のようにも見えた。
 市太郎は「中山がんばれ」と心の中で精一杯呟いた。