国立浜川のキーパーが図ったように星雲デフェンダーの密集地に向ってボールを蹴った。まるで星雲側にパスするようなボールだ。実際そうなのだ。わざと星雲にボールを渡しているのだ。ボールを受けた星雲デフェンダーは、中央の中出に預ける。中出は尾乃江とともに細かくパス交換しながらボールをキープ、右サイドの梶に展開した。梶はサイドを突破、中央の中浦に長いパスを入れる。中浦はまたしても相手デフェンダーと競り合いながらボールをキープ、中山へのラストパスの出しどころを探した。その時だ、三人付いていた中浦へのマークが突然外れた。そしてそれと交代するように、先ほど中浦と言い争った鋭い目のデフェンダー中浦の前に立ちはだかった。中浦もそれと気付いた。次の瞬間、二人の一騎打ちになった。開いたスペースを強引に突破しようとする中浦に、鋭い目のデフェンダーが肩をぶつけに来た。一瞬、身体を固めて衝撃を受ける中浦。弱小チームとはいえ中浦はエースである。屈強な国立浜川デフェンダーの強烈なタックルにも簡単には倒れなかった。伍して戦っているようにすら見えた。
 しかし、中山が相手デフェンダーの表情を見て背筋を凍らせた。鋭い目付きのデフェンダーは、中浦と競り合いながら微笑を浮かべているのだ。まるで猫が鼠を弄ぶように、悦楽の表情で中浦を攻め立てていた。やがて中浦はボールこそキープしているものの次第に追い詰められ、行き場を失って行った。必死で中山を探すのが分かった。中山もパスコースを開けるべく右へ左へ動き回るが、そこは百戦錬磨の国立浜川。ことごとくスペースを潰された。遂に身動き取れぬほどに取り囲まれた中浦が、一かばちか強引に突破を図ろうとした瞬間、鋭い目のデフェンダーがカウンターで中浦に肩をぶつけた。一瞬、宙に中浦の身体が浮いた。そのまま崩れ落ちるその瞬間を狙って再び鋭い目のデフェンダーが身体をぶつけてた。中浦の身体が吹き飛ばされた。しかし吹き飛ばされた方向には、別のデフェンダーが立ち、吹き飛ばされた中浦の身体を弾き返した。そこへもう一度、鋭い目のデフェンダーがショルダータックル。先ほどのシーンを再現するように、反対側に立ったデフェンダーが弾き返した。そんなことを三、四回も繰り返したろうか。中浦はノックアウトされたボクサーのように崩れ落ちた。

「ファ、ファールじゃないのか!」
市太郎は思わず立ち上がり、叫んでいた自分に気付いた。気付いた瞬間、芝生に足を滑らせ転びそうになった。
「危ねーなー。気を付けろよ!昼飯が潰されるところだったぞ」
乱暴な口調で叱られ、市太郎は慌ててペコペコと頭を下げた。下げ終わって見ると真奈美と留美子がハンバーガーを咥えながら座っていた。市太郎と目が合った瞬間
「あ、やべ!」
と言って二人は逃げようとしたが、すかさず市太郎は二人の襟首を捕まえた。
「貴様ら、何しにきた!」
「何しにって、応援に決まってるだろ」
相変わらずの男言葉で真奈美が答えた。
「応援?誰のだ」
「おいおい、星雲高校の生徒なんだぜ。星雲高校の応援に来て何が悪い?」
言われてみるともっともな話で、市太郎は言い返せなかった。市太郎が返答に困っている間に真奈美と留美子は襟首を掴んだ市太郎の手を振り解いた。
「まったく。何だってんだ。乱暴な奴だな」
と真奈美が言いながら芝生の上に座った。留美子も一緒に座ると、つられて市太郎も座った。何か言い返そうとする市太郎に真奈美が言った。
「ところであれはファールじゃねえぜ」
市太郎は自分の心を見透かされたようで不愉快だったが、さっき「ファールだろう!」などと大声で野次を飛ばした自分を思い出した。それにしても、あんな酷いぶつかり方をしてファールじゃないなんておかしい、とも思った。
「あんなに酷い当たり方をしてるのにファールじゃないなんておかしいだろ?」
「おいおい、子供のお遊びじゃねえんだぜ。サッカーがボールを使った格闘技ってのは、世界の共通認識」
「え?格闘技?」
「そう、それがグローバルスタンダード。あれは審判の目から見ればボールを挟んだ競り合いだ。中浦は競り負けて倒れただけだよ」
「ううーむむむっ」
市太郎は納得出来なかった。相変わらず中浦はグラウンドの真中に倒れ込んだままだ。もしかしたら気を失っているかもしれない。真奈美の言うようにあれがただのせ競り合いだというなら、これは球技ではない。格闘技だ。
「だから格闘技だって言ってるだろうよ、さっきから」
真奈美にまた心の中を覗き見たような言い方をされたので市太郎は不愉快になった。その顔を見て真奈美が畳み掛けるように
「お前の心の中なんぞ全てお見通しよ。ったく、お前ってばほんと単純なことしか考えてねえからなあ」
つくづく腹立たしい奴だと市太郎は憤慨した。こうして市太郎はずっと真奈美に苛められてきたのだ。
「ほんとお兄ちゃんって分かり易いよね」
真奈美の悪影響で妹の留美子まで市太郎を馬鹿にするようになった。市太郎がなんとか一矢報いようと、言い返す言葉を考えているうち、真奈美がグラウンドを指差して叫んだ。
「おいおい中浦の奴、駄目か?」
選手達が円を作る中で、中浦は相変わらず倒れている。覗き込んでいた審判が立ち上がり、星雲側ベンチに向って両腕で×の字を作ったのだ。
「ええー」
ほんの数人とはいえ星雲側の応援席にいる応援団から驚きの声が漏れた。星雲側の選手がちょうど十一人しかいないのを皆が知っているのだ。一人でも欠ければ試合にならない。
「あれれ、退場じゃ無くて単なる人数不足でもいいんだったかな?」
真奈美が独り言のように言った。いつの間にか星雲の選手達はベンチに戻って監督と話し合いをしていた。
「どっちにしろ一人足りないんじゃ試合にならん。仕方ない、棄権だ」
監督の言葉に選手達はうな垂れた。張り詰めていた気力が失せて行った。その時、中山が叫んだ。
「大丈夫。一人いるよ。そいつに中浦の替わりに出場して貰えばいい」