「いいぞ!市太郎!なかなかやるじゃん!」
どこかの男の声援かと思ったら真奈美だった。
「お兄ちゃん、凄っごーい!」
とは留美子だった。いつも市太郎を馬鹿にしている二人に応援されるというのは薄気味悪いことだった。それに、自分としてはただ目が回ってひっくり返りそうになったところに偶然、ボールが当たっただけなのだ。そう思うと二人の声援も、市太郎にはただ自分を馬鹿にしているだけに聞こえた。
 市太郎はユニホームに付いた土ぼこりを払いながら立ち上がった。同時に国立浜川のキーパーが高々とボールを蹴り上げた。ボールは宙を舞い、守備を固める星雲ゴール前に落下した。地面に落ちる寸前、音も無く走り込んできた国立浜川のフォワードが、音も無くボールをトラップ。ボールを地面に付けずに再び高々と蹴り上げた。星雲デフェンダーの目の前でボールは太陽と重なり日食を作った。それにより、星雲のゴール前は暗闇に包まれた。暗黒の中で右往左往する星雲デフェンダーの眼前に、ほどなくして光が戻った。慌ててボールの行方を探す星雲デフェンダー。次の瞬間、彼らの見つけたボールは、自陣のゴールネットに深々と絡み付いていた。
ピーーーーッ
ゴールを示す主審の笛が鳴り響いた。市太郎のまぐれ当たりのナイスプレーの直後、十秒を経ずして国立浜川は点を入れてきたのだ。これこそ強豪の真価なのだろう。いつでもゴールを奪えるというデモンストレーションにさえ見えた。そのワンプレーですっかり星雲は凍り付いてしまった。格の違いを見せ付けられ、萎縮してしまったのだ。星雲の誰もが下を俯き、溜息を吐いた。しかしそれを吹き飛ばすような大声がした。
「ドンマイ!とにかく一点取りに行こうよ!」
重苦しい空気をつんざくように中山が叫んだのだ。星雲イレブンは一瞬、驚いて動きを止めたが、次の瞬間には我に返ったように生き生きとした表情が戻っていた。中山の一声が星雲イレブンを生き返らせたのだ。星雲イレブンは誰もが顔を上げ、大きく息を吸い込み、小刻みに足を上下させ、まだ自分の身体が十分戦えることを確認した。
「全部、湊に合わせていくぞー!」
キャプテンの宮友が大声で叫ぶと、一斉にイレブンが呼応した。星雲は再び戦う集団に戻ったのだ。
「中山君は大したものだ」
市太郎は心の底から言った。身体が小さくて運動神経が鈍くて、でもサッカーが死ぬほど好きで誰よりも練習熱心という可哀想なほど格好悪い奴と思っていた中山が、今は最高に格好いい奴に見えてきた。
「僕なんて全然大したこと無いよ。それより市太郎君の方が凄い。初めてサッカーやったのに、あのシュートだもの」
羨ましそうに目を細める中山に、市太郎はただ目を回していただけの自分が恥かしかった。
「あれはまぐれなんだ。ひっくり返りそうになったところへ、ボールが勝手にぶつかって来ただけだ」           」
「いや、違う。君は気付かなかったかもしれないけど、デフェンダーを二人跳ね飛ばしてたんだ」
市太郎はまるで気が付かなかった。知らない間にそういうことがあったらしい。
「やっぱり気が付かなかったんだね。彼らはJリーグから誘いを受けているほどの選手達さ。スピード、テクニック、パワー全て一級品だ。その彼らを君はピンポン球みたいに跳ね飛ばしたんだよ」
こうして回転しながら、と言いながら中山は市太郎がそうしてであろう動きを再現して見せた。
「途方も無いパワーだ。少なくともパワーは彼らを遥に凌駕している」
中山が真実を言っていることは、国立浜川デフェンダーが揃って市太郎を睨み付けていることから想像出来た。高校サッカー界、最高の3バックと謳われる国立浜川デフェンダーが目付きが凶暴になっていた。中山がセンターサークルでボールに足を掛けたところで、市太郎に囁くように言った。
「気を付けた方がいい。彼らは本気で来るよ。中浦の二の舞にならないように」