途中交代で入ってきた星雲高校の太ったフォワードが只者ではないことを、犬川は身に沁みて分かっていた。そのデブが交代で入ってきた際、その身のこなしからズブの素人であることは容易に推察できた。犬川は軍用犬の如きデフェンダーの本能から、執拗に彼を付け回した。ハイエナもどきの執拗さでである。こちらの陣地に、殊に大本営といえるペナルティエリア内に不用意に踏み込むと大変なことになる、という警告をする為である。更に犬川は、強者が弱者に対して行う一種のマウンティング行動を行った。強いサルが弱い猿を屈服させ、尻の上に立ち上がるあの行動である。すなわち犬川は星雲のデブフォワードに、玄人の恐ろしさを味わわせてやろうとチョッカイを出したのだ。結果は、自分も含めた3バックの三人が一からげに吹き飛ばされたのだ。
 いかなる強力フォワードをも押さえ付けてきた自慢の3バックがいとも簡単に吹き飛ばされたのは、犬川ばかりでなく、強豪国立浜川にとって大変なショックだった。今年初め、つまり二年の末に行われた新人戦で、鹿児島工業の大山、平久保の2トップを相手にしても怯まなかったのだ。大山、平久保の2トップは近い将来、日本代表担う逸材である。一メートル九〇を超える長身でありながらテクニシャンの平久保、小兵ながら瞬間移動するほどのスピードを誇る大山は、ともに十代のレベルではアジア最高の、いや世界でも有数のゴールマシンといえる。その二人を国立浜川の3バックは二点に押さえたのだ。それは国立浜川のデフェンスラインが、少なくも国内最強であることを意味するのだ。
 国内最強である筈の自分達がいとも簡単に吹き飛ばされたのだ。それもこんな只のデブに。ポジショニングを見る限り、このデブはやはりズブの素人だ、と犬川は思った。こんな素人に吹き飛ばされたことも腹立たしかったが、それ以上に犬川は、同じチーム内でキャプテンの地位を争う室井の指揮下に入ったことが悔しかった。
『守備の要はセンターバックの俺の筈だと言うのに、なぜ室井にコントロールさせる?室井はいつも自分ばかりが正しくて、悪いことは全部周りだと主張しているような奴だ。なんであんな奴を監督は評価するんだ!』
犬川は思わず歯軋りした。それは自分でも驚くほど大きな音がして、ふと隣を見ると3バックを組む木下が怯えたような顔でこちらを見詰めていた。
『守備で一番重要な一対一は俺が一番強い。更にラインコントロールだって俺は天才だ。先週のサンデーサッカー誌にだってそう書いてあった。なのになんで監督は俺じゃなくて室井をキャプテンにする?日本代表だってセンターバックがキャプテンじゃないか』
犬川はベンチの国松監督を睨み付けたが、国松はまるで犬川を無視するようにフィールドの一点を見詰め、時折大声で指示を出していた。その一点にいるのは他でもない室井であった。
「ふん!もう監督なんてどうでもいいもーん。俺は俺のやり方でやらせて貰う。取り合えずあのデブを押さえりゃあいいんだろ。最初の時は奴を見くびり過ぎて不覚をとったが、さっきの五人でワッショイで押さえどころが完璧に分かった。もう俺一人で十分だ」
犬川は、熱心にサインを交わす国松監督と室井キャプテンを交互に見詰めながら、一人小さくほくそえんだ。
『あんた達なんてもう、勝手に乳繰り合ってなさい!』
犬川は、嫉妬深いオカマのような口調で呟いた。