犬川が待ち望んだシュチエーションは程無く到来した。味方が攻め込んでいた星雲ゴール前からクリアされたボールは、星雲の中盤を経由し鋭いロングボールがこちらに向って飛んできた。すかさず室井が指示を出した。一斉に星雲のデブを取り囲む。フォワードのコンビを組むチビが
「ミナトくん!囲まれた!気を付けて!」
などと叫んでいる。その時、犬川はそのデブがミナトという名前だと知った。
『ふふ、せいぜい気を付けるんだな。ミナトくん』
一人呟き顔を上げると室井と目が合った。室井は無言で抗議するように厳しい視線を向けていた。
『何だってんだ。あのオカマ野郎!すぐに分かるさ、監督におべっか使ってキャプテンの地位に就いた貴様と俺様の才能の差がな!』
犬川は室井を無視するように横を向いた。
『このデブの押さえどころは完全に分かった。もう俺一人で十分だ。俺はな、一対一じゃあ高校ナンバーワン!いや、近い将来、日本のナンバーワン!いやアジア、いいや世界ナンバーワンになるんだ!』
ボールが迫ってきた。犬川を中心とする3バックと室井を中心としたダブルボランチは、星雲の太ったフォワードを前後から挟み込み、ボールの近付くに連れ、徐々に包囲を狭めて行った。ふと犬川が室井を見ると、室井が首を左右に振った。
『まだだ』
という合図だった。
『糞!室井の野郎、その人の心の中を見透かしたような態度はなんだ!お前の言うことなんか聞いてやるものかー!』
その時3バックが作っていた直線のラインが崩れた。真中にいた犬川が一人飛び出したのだ。室井が顔色を変え、両手を振って犬川を制しようとしたが血気にはやった犬川は止まらなかった。むしろ獲物を見つけたハイエナのように、口元を歪めた微笑みを浮かべていた。