淳司の家から全力疾走した僕は、そのままの勢いで山門を潜り抜けた。淳司の家に向う時、僕を睨み付けているように見えた仁王が、何故か笑っているように見えた。僕は仁王に馬鹿にされているような気がしたが、そのまま山道を駆け上がった。
 境内に着いた時にはひどく息切れがした。自然に肩に力が入り、上下する。それを必死で押さえながら僕は由紀の姿を探した。しかし見付からない。まさか、とは思うが、髭おじの髭モジャの異様な風貌を思い浮かべると、また由紀が心配になった。その時突然、境内の脇から声がした。
「ほら、こっちこっち」
声の方を振り向いたが、誰の姿も見えなかった。でもまた「こっちこっち」という声がして、僕が探せずにいると「もう!鈍いわね!」と声は明らかに怒り出した。そこで僕は声の主が由紀だと気付いたのだ。由紀の声だと気付くと同時に、僕は由紀の姿を視とめた。境内を見下ろすように建つ古い社の裏手から由紀の顔が半分だけ覗いていた。
「こっちに隠れるのよ」
由紀が社の裏手から手招きした。
「早くしなさい」
と命令口調で言われた僕は「何で隠れるんだよ?」と食って掛かった。
「馬鹿ねえ。私たちが居たら天狗が出て来にくいでしょ」
尤もらしいような、らしくないような理屈だったが取りあえず僕は「ああそっか」と答えて由紀の後に従った。
 虫食いだらけ柱の陰に、由紀と二人で隠れることになった僕は率直な疑問を口にした。
「本当に天狗なんて来るの?」
「来るわ」
「だって由紀、かれこれ二時間くらい待ってたんでしょ?」
「ふん、天狗は薄暗くなってから出てくるのよ」
「えー?じゃ、まだ当分じゃないか!」
「そんなこと無いわよ。もうじきよ」
まるで由紀の言葉が合図になったように、急に辺りが薄暗くなり始めた。秋も深まると、一度薄暗くなり始めてから暗闇になるのは早い。それは空に毛布を被せたように一度に暗くなるのだ。僕は背中に寒いものを感じた。本当に天狗が現れる予感がした。天狗ならずともムジナとか妖怪の類が現れそうだった。さっきくぐった山門の仁王が歩き出してきても不思議が無いなあ、などと余計な想像をしたお陰で、すっかり怖くなってしまった。
「ねえ由紀、やっぱり帰ろうよ。天狗なんてさ、本当に出たらどうすんの?きっと怖いよ。食べられちゃうかもよ。食べられなくてもさらわれちゃうよ」
僕の情けない訴えに由紀は「馬鹿ね!さっきまで天狗なんていないとか言ってたくせに!」と呆れたように言った。
「第一、食べるってどうやって食べるのよ。そんな事件聞いたこと無いわ」
 僕は、由紀の後ろから境内の真ん中を走る石畳をじっと見詰めていた。すっかり薄暗くなった石畳は、いつ妖怪が現れても不思議は無いと思うくらい不気味だった。そう思うと、ちょっとばかり怖がりだった僕は頭の中で勝手に妖怪を想像してしまった。すると僕の目の前の石畳には子啼き爺やら唐傘小僧やら小豆洗いやらぬらりひょうんが次々に現れては消えていった。急に恐ろしくなった僕は由紀の背中に顔を押し付けた。
「ちょっと何?気持ち悪いわね」
「あ、あ、ゴメン。急に怖くなって」
「怖い?あんなチンチン付いてるんでしょ」
由紀は僕の頭をげんこつでぽかりと殴った。僕は痛さのお陰で恐怖を忘れ、しばし殴られた頭を撫でていたのだ。すると、視界の隅で何かが動いた気がした。僕が目を凝らしていると、由紀が緊張した声を――勿論小声で――上げた。
「天狗だわ」
驚いたことに本当に天狗が出て来た。僕は心臓がドキドキと脈打つのを感じた。それは音が聞こえるほどだった。僕の頭の中には、さっき想像した妖怪たちが再び蘇り、僕らを取り囲んでいた。
「ひいい」
僕が小さく悲鳴を上げると再び由紀がぽかりを僕の頭を叩いた。それで冷静になった僕は、天狗がただの大人だということに気が付いた。よく見るとそれは人間が天狗の面を被っているだけだった。
「行ってみよ」
と由紀が言った。僕が「何しに?」と問うと間髪入れずに
「正体を暴くのよ」
と答えた。僕は「ええー」と声を上げて否定した。きっと青年団の誰かに決まってる。秋祭りの練習に来たのに違い無い。そんなのに一々構っていられない。それに人間と分かっても面を被っているだけで気味が悪い。しかし躊躇している僕を置いて、由紀は勝手に駆け出した。あっという間に天狗の前に出た由紀は、足を広げ仁王立ちした。僕は相変わらず社の裏手でその様を眺めていた。由紀が何かを言ったが聞こえなかった。しかし由紀の言葉に呼応したように天狗が面に手を掛けた。そしてあっさりと面を脱いでしまったのだ。
 髭おじだった。


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