それから僕ら三人は裏山の神社から家まで一緒に帰った。昨日までは髭おじと三人連れで歩くなど考えられないことだった。しかし今日のことで僕らはずっと昔からの知り合いのようになっていた。遠慮なく話せるようになっていたし、一緒にいることにまるで違和感が無くなっていた。昔からの知り合いという点で言えば、髭おじは僕の物心付いた頃には今の家――僕らの家の三軒隣に住んでいた。しかし髭モジャに今時珍しい着流しといういでたちと、角の家の婆さんを初めとして近所の大人達が僕らを彼から遠ざけてきたのだ。それは異形の者を排除するという人間の本能によるものなのか、あるいは僕達の知らない過去に、彼が何かを仕出かしたのか僕には分からなかった。ただ、こうして親しくなってみると、由紀の言う通り髭おじは悪い人間では無い気がした。ただ、さっき神社で髭おじが言った鳥居の件については別だ。鳥居を潜れば願いが叶うなんて子供だましの嘘で僕らを騙そうなんて。いったい何を企んでいることやら。
 僕は髭おじに聞こえないよう、由紀の耳元に口を近づけ小声で言った。
「嘘だよあんなの!」
「嘘って?」
「だから鳥居の件だよ」
由紀は眉を顰めながら僕の顔を覗くように見た。
「どうして?わたしは信じるわ」
「天狗だって嘘だったじゃないか!」
「でも確かにいたじゃない」
「いたって正体は髭おじだろ」
「正体があったって天狗は天狗よ」
「そんな屁理屈あるかよ!」
僕は思わず大声を上げてしまった。髭おじが僕の方をジロっと睨んだ。慌てて僕は肩をすくめた。
「おれはもう騙されないから」
という僕の言葉を無視するように由紀は囁いた。
「今度の満月の夜、行ってみようね」
そして「ふふふ」と笑った。僕は、僕の話を真面目に聞いてない由紀に腹が立ったが、もうそれ以上言うのをやめた。これ以上言えば髭おじの悪口になりそうだった。本人の目の前で悪口を言うほど僕には勇気が無かった。それに、これが一番重要なことだが、由紀はいつも僕の話なんて聞いてやしないのだ。

 僕らの家は、間口の狭い平屋の家が十軒ほど、コの字型に建ち連なっているうちの一画だった。要するに幾つかの家が共同で袋小路を作っている、という感じだった。どの家も中古の貸家ばかりで、壁や玄関の色がくすんだり、ところどころ剥げ落ちたりしていた。そんな粗末な印象と、家と家の間に隙間が無いところから、今時珍しい長屋のような建物に見えた。僕らの家は、コの字型の横棒の部分に当たり幸い玄関が南向きだった。もっとも玄関だけ日当たりが良くても仕方が無いので反対向きの部屋の窓が南向きの方が実用的な気もした。ちなみに髭おじの家はコの字の縦棒の部分に当たる。
 つまり僕らの家は通りから入ると袋小路のようになっていた。その袋小路に僕と由紀、髭おじの三人が入っていった頃には、すっかり日が沈み、真っ暗になっていた。
「ちょっと遅くなり過ぎちゃったね」
母に叱られるのを心配しているのか、由紀が心細い声を出した。すると髭おじが
「大丈夫さ。叱られないように俺から美和さんに言ってあげるよ」
と姿に似合わぬことを言った。

 袋小路は街灯が無かった。わずかに家々から光が漏れ出ていたが、夜の闇が作る暗がりの方が強い感じだった。つまりほとんど真っ暗だった。通りから入ったばかりだと目が慣れずに何も見えない位だ。ただ、毎日暮らしてる僕らは目を瞑っても歩けるので、気にもせず歩き進んだ。その時、
「きゃ!」
と由紀が声を上げた。蛙でも踏んだのだろうか?何でも万能のように出来る由紀が、何故か蛙だけは苦手だったのだ。でも秋も深まったこの時期に蛙も無いだろうと僕は思った。思う間に、家々から漏れてくるわずかな光の間に、ヌッと人影が浮かんだ。それは大きいというより細長かった。
「マサ兄!」
由紀が嬉しそうに叫んだ。その声に呼応するように真っ暗な中に現れた真っ黒な影は次第に色を付けてゆき、人間の輪郭を描いていった。細長いそれはやがてマサ兄の姿になった。
マサ兄は父の弟だった。父とは違い、真面目で堅実な性格をしていた。父は、点々と職を替え遂にサラリーマンの口が無くなって今は夜勤の警備員をしていた。その警備員の仕事だって最近はちょっと怪しい。また会社の上司と喧嘩でもしたのだろう。仕事帰りは必ず不機嫌だった。
それに対してマサ兄は学校を出てからずっと市役所に勤めている。もうじき三十歳になるがまだ独身で、僕らの家からそう遠くない父の実家で、両親と住んでいた。
 両親と折愛の悪い父が、実家に僕らを連れて行かない代わりに、マサ兄は毎週土日のいずれかに来て、僕らを車に乗せ、祖父、祖母の元に連れて行ってくれた。我ままで粗暴な父とは対照的に、穏やかで優しかった。血の繋がっていない由紀も分け隔てなく可愛がってくれた。クリスマスや誕生日のお祝いは、僕だけでなく由紀の分も買ってくれた。
 そんな優しい叔父だったから僕らは彼が大好きだった。父が酒を飲んで荒れた日など、マサ兄が父親だったらどんなにか良かったのに、なんて思ったりもした。彼が歳の割に若々しく見えたのも手伝って、僕らは親愛の情を込めてマサ兄と呼んでいたのだ。


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