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※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。
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「きゃふーん!素敵ー。有名音楽家ばかりが集まるパーティーに御呼ばれするなんてー。私たちも一流音楽家の仲間入りですかねえー。天才音楽家夫婦ご一行様のご到着ーっなんて紹介されちゃうんでしょうかー?」
「馬鹿!なにがご一行様だ。どっかの温泉宿じゃあねえんだぞ!それに今回は招待っていっても実態はシュトレーゼマンの付き人だ。エリーゼもオレ一人じゃ役不足と見てお前まで借り出したんだ。くそ!あの暴君女め!」
「エリーゼさんのことそんなに悪く言うもんじゃないですよ。意外といい人じゃないですかぁ。この間だってオフィスに寄ったらチョコレートくれましたよ」
「げ!お前そんなもの貰ったのか。ううっ、あいつにとってお前は犬のお使いみたいなもんなんだろうなあ」
伸一の脳裏にめぐみの顔をした犬に餌をやるエリーゼの姿が浮かんだ。
「とにかくあいつはオレら音楽家を人扱いしていないんだ」
そんな伸一を余所にめぐみはパーティーの案内状を熱心に読んでいた。
「マーシュアウーキュ・チッアックハ?聞いたことない人ですねえ。でも上の方に書いてあるってことは有名な人なんですかねえ?」
「知るか!今度はプリゴロ太のチェコ語版でも借りてきて憶えたらどうだ」
「おー!それいいアイデアですねえ。プラハに着いたら早速探してこなきゃ」
伸一は呆れながらプラハ行きの荷物をまとめた。もっとも、師匠のシュトレーゼマンについて一年の三分の二は演奏旅行に回る毎日。旅は既に日常となっていたから荷造りなどあっという間のことだ。しかし・・・その時、伸一はテーブルの上に置かれた風呂敷包みに気付いた。母方の実家である三善家の祖祖父がパリ留学時代に蒐集したというバロック調のテーブルの上に日本の、それもかなり趣味の悪い風呂敷包みが置かれているという様はなんとも歪んだ光景だった。
「ま、これもBarocco(ポルトガル語で「歪んだ真珠」:バロックの語源となった)と呼ぶべきものかもな」
伸一は顔を引き攣らせながら乱暴に風呂敷包みを掴み上げ、旅行鞄に押し込んだ。
「わあ!なにこれ?風呂敷に何包んであるんですかー?」
「やめろ!おまえには関係ない」
「いいじゃないですかー、ちょっとくらい見せてくれたってー」
「ああ!やめろ!やめ・・・」
抵抗も空しくめぐみに奪い取られてしまった。めぐみは伸一の制止も聞かず勝手に風呂敷の帯を解き始めた。
「おい、それはシュトレーゼマンが誰かの土産にするものなんだ。忘れてったから持ってってくれってオリバーから頼まれたんだよ。きっと何か大切なものが入ってるんだ。風呂敷の趣味は最悪だけど結構重いからな。名人が作った皿とか、その・・・そういった類の・・・」
「あれ!?羊羹?」
「そう羊羹とか、え?羊羹?」
「うん、ほらこれ。羊羹ですよ。四角い缶に入った奴。この端っこに鍵みたいの刺してこうぐるぐるとブリキを巻くんですよね」
そう言ってめぐみは羊羹の缶を開ける仕草をしてみせた。伸一がめぐみの手の中を見ると開いた風呂敷の中に長方形の羊羹の缶が二本入っていた。
「それにしても羊羹なんてミルフィーったら誰にお土産なんでしょうねえ?」
めぐみは黄金色に輝く羊羹を両手に持ち、小首を傾げた。伸一も首を傾げたが、普段から奇行ばかりを繰り返す師匠の顔を思い出すと、真面目に考えられるのが馬鹿らしくなった。