※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。
(本物とは一切関係ありません)

東欧で最も美しい街プラハはまた世界で最も美しい街の一つでもある。モーツァルト交響曲プラハ」やドヴォルザークの「交響曲第8番」、ベドジフ・スメタナの連作交響詩「わが祖国」 、カレル・フサの「プラハのための音楽1968(吹奏楽曲)」 という名曲を世に送り出した街。14世紀中頃、ボヘミア王カレル1世が神聖ローマ帝国皇帝に選ばれ首都がプラハに移されると、ローマやコンスタンティノープルと並ぶ、ヨーロッパ最大の都市にまで急速に発展。「黄金のプラハ」と形容された。16世紀後半ルドルフ2世の治世になると、芸術家、錬金術師、占星術師などが集められ、プラハはヨーロッパ文化の中心都市として栄華を極めた。その後、フス戦争、ビーラー・ホラの戦い、ナチス・ドイツによる占領とユダヤ人の虐殺、チェコスロヴァキアの解体、プラハの春と悲惨な戦争を経験してきたが、そうした血塗られた歴史などおくびにも出さないほどこの街は美しい。そう、何度来ても。

伸一はホテルの窓辺に立ち満足げに街並みを眺めていた。

「先輩は子供の頃、この街に住んでたんですよね」

「ああ」

「その頃、ビエラ先生と知り合ったんですよね」

そう、この街はビエラ先生の街。ビエラ先生どうしてるかなぁ?伸一は窓の外の景色に向かって大きく背伸びしてから旅行鞄に手を掛けた。パーティーは一時間後である。宿泊しているこのホテルで行われるとしてもそろそろ準備をしなければ、と几帳面な伸一はパーティー用の服を引き出した。

ビエラ先生、来ないんですねえ」

「うん?」

「出席者名簿に載ってないんですよ。ビエラって」

「演奏旅行に出てるんだよ。ホームページに乗ってた。それよりおまえチェコ語なんて読めないだろ」

「でもなんとなく分かりますよ。ほらこの一番上のはシュットレッヘワン!犬でしょうか?」

「馬鹿、シュトレーゼマンだ」

「なんだミルフィーですか。ミルフィー凄いですね、一番上に書かれてるなんて」

「そりゃそうだろう。ビエラ先生と並ぶ世界の巨匠だからな」

ああ、そうなんだ。普段はおかしなことばかりやってる変態爺さんだけど、おれの師匠は世界の第一人者。そんな人と毎日、一緒にいられるのだからこんな幸せなことはない。

「私たちはどこにいるんでしょうかねえ?」

「おまえは間違い無く一番下だ」

「おおおー、一番下。これですかー?ななな!!なんですか!これは?」

「どうしたんだ?」

「ノー!ダメーで最後にグミって小さく書いてある!しどい!」

「ははは、おまえのダメぶりは世界の共通認識になったな。良かったじゃないかとうとうワールドクラスの仲間入りだ」

「先輩はどこに書いてあるんでしょうかね?」

「多分、おまえの一つ上だよ。オレだってこの世界じゃまだまだ駆け出し。評価だっておまえと大して変わらない」

「ああ、本当だ。一つ上にあるこれがそうですね。スヒンウイッチって書いてある」

「なんて読み方しやがる」

「・・・あれ?チッアックハ?どこかで聞いたような、いえ、読んだような・・・?」

チェコ語が分からないおまえが読んだことある訳ねえだろ。さ!行くぞ」

「もう、行くんですか?まだパーティーが始まる時間まで三十分もありますよ」

「相変わらず馬鹿だな!オレたちは一番下っ端だぞ。そうそうたる先輩達より後に行けるか。それに、パーティーの前にみんなに挨拶くらい済ませておかなければ、一応、それが礼儀というものだ」

もう、先輩ったら慌しいんだから、などとめぐみはぶつぶつ言いながら伸一の後を追おうとし、それからあることに気付いて部屋の奥に引き返した。

「羊羹持ってかなきゃ」

風呂敷包みを胸に抱いてめぐみが廊下に躍り出ると伸一がエレベータホールで今や遅しと待ち構えていた。音楽の都に住む演奏家達との顔合わせに心が沸き立っているに違いない。本当にこの人は音楽が好きで仕方がないのだ、とめぐみは思いながら伸一の元に駆けて行った。