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※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。
(本物とは一切関係ありません)
針葉樹の壁に鉄の扉のエレベータが心地良い。エレベータボーイのなんという品の良さ。これこそ音楽の都なのだ、と伸一は幸福感が満ち溢れるのを感じていた。
「うわー、このエレベータ、扉が鉄ですよ。なんだか監獄みたいですねえ、へへへへ」
約一名、ここにふさわしくない者が紛れているがそれには目を瞑ろう。歴史と文化に彩られた街の世界的音楽家たちと親交を深めるのだ、彼らと同じ部屋の空気、同じ食事、同じ酒を酌み交わせるなんて、なんて光栄なんだ、伸一は心が躍った。
パーティー会場に着くと既に半数くらいの参加者が集まっていた。
「ほら見ろ。みんな開会前に自己紹介を済ませてしまおうというんだ。おまえもいつも遅刻ばかりしてないで礼儀というものを憶えた方がいい」
「がびょん!こんなとこまで来て先輩ったらお説教なんて!も少し場の空気って奴をわきまえることを憶えた方がいいですねえ!」
「な!なにを!」
二人がそんな会話をしている間にも、様々な音楽家たちが寄ってきた。
「こんにちわ。あなたは千秋、こちらのマドモワゼルはたしかノダ、ノーダメね」
「ノー!ノー!苗字が野田、名前がめぐみです」
「あーごめんなさい、めぐみね。先週のネドベド国際音楽祭のエキシビジョンで行ったピアノコンチェルト、素敵だったわー。ラフマニノフをあんな風に弾くなんてびっくりよ」
「うへへへ、褒められちゃった」
「馬鹿、褒められちゃったじゃない!ちゃんと礼を言え、例を」
めぐみがありがとございます、などと間抜けなお礼を言ってる間にその女性は微笑みながら去って行った。
「いい人ですね」
「馬鹿。おまえ知らないで話してたのか。あれは女流バイオリニストとして有名な・・・」
「あ!ミルフィー!」
伸一の言葉を軽々しく遮ってめぐみが指差した方向には白髪に白いタキシードを着たロックスターだか奇術師か分からないいでたちのシュトレーゼマンが歩いていた。しかし、そんないでたちにも関わらずシュトレーゼマンが一歩歩くごとに参集者がおののき、モーゼの十戒さながらに巨大な道が開いた。
「みなさん。お待たせしました。主役の登場です」
シュトレーゼマンの第一声に伸一は思わず「ジジイ、自分で言うか?」と呟いてしまったが、他の出席者は代わる代わるシュトレーゼマンに握手を求めて集まっていた。
「ミルフィーに羊羹届けてこなきゃ」
めぐみの声を聞き、伸一は慌てて「やめろ!馬鹿!後でいいだろ!」とめぐみを制した。それにしてもあの珍妙ないでたちのシュトレーゼマンが世界の有名演奏家たちの間に入るとひときわ輝く太陽のように見える。ひとことで巨匠というのは簡単だが、技術、音楽性、人間性、器、オーラ、カリスマ性とこの人の全人格が全ての演奏家をひれ伏せさせてしまうのだ。まったくおかしなことばっかりやってるが、まさに現代音楽界の第一人者と呼ぶに相応しい。伸一は改めてシュトレーゼマンを師に持つことを誇らしく思った。
その時、それは突然の出来事だった。シュトレーゼマンを太陽として幾つもの惑星、衛星が規則正しく回るように一定の秩序の中にあったパーティー会場に激震が走ったような気がした。皆がそう感じたのかどうかは分からない。しかし伸一には、一瞬にして秩序が崩れ去ったように感じたのだ。
参加者の意識がシュトレーゼマンから吹き飛んだのだ。少なくとも伸一はそう感じた。しかし何が起きたのかは分からなかった。まるで太陽系が破滅に向かって突き進むような、ブラックホールが突然暗黒の空間に口を開いたように感じたのだ。
「シュトレーゼマンを超えるカリスマが現れたのか?誰だ?ビエラ先生は演奏旅行だし・・・そんな人いたか?」