※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。

(所謂二次小説で、本物とは一切関係ありません)


黒のカリスマは、辺りに激しい放電を繰り返しながら悠然と会場に登場した。

「あ!日本人?」

めぐみの声を合図に、伸一の全身が強張った。恐るべき不安が体中に駆け巡ったのだ。筋肉という筋肉が緊張を起こし、痙攣の一歩手前でなんとか押し留まっていた。

「サムライ!」

会場のどこかから声が上がった。伸一は不安が現実のものであると確信した。

「侍?やっぱり日本人ですねえ、私たちの他にも日本人が参加してたんですねえ」

その時、伸一は射すくめられるような視線を感じていた。間違いない、あの男だ、そうさよく考えても見ろ。プラハ演奏家の協会、奴が出てきてもなんの不思議も無いじゃないか。

「なんだか音楽家っていうより俳優さん?それもハードボイルド映画とか時代劇専門の。ねえ先輩。あれ?先輩?どうしたんですか?汗びっしょりですよ。具合悪いんですか?」

なーにが映画俳優だ!音楽家に見えないのはたしかだが、音楽どころか芸術そのものから最も縁遠い奴なのだ!それにしても、く、くそ!こんなところで突然遭ってしまった。心の準備がまったく出来ていないのに・・・伸一はひどくうろたえ立っているのがやっとだった。

「あれえ?こっちに来ますよー。同じ日本人だから挨拶してくれるんですかねえ。ボンジュール?あれ?ここはチェコですねえ、チョコ語ではなんて言えば・・・あ、でも相手は日本人ですから『こにゃにゃちは』でいいでしょうか?」

めぐみがそんなことを言っている間に、男は二人の目の前で立ち止まった。まさに野人、いや野武士と言った方が的確だろうか?これほどタキシードの似合わぬ人間も見たことが無い。まるで野獣が礼服を身にまとっているような、そんな違和感さえ感じさせた。

「ああ〜、なんてセクシーなの。もう腰が抜けそう」

伸一の隣で世界的な女流チェロ奏者が床にしゃがみこんでしまった。伸一が顔を上げると、いつの間にか男が目の前に立っていた。

「伸一、久しぶりだな。少しは芸術というものが分かるようになったか?」

男はいきなり見下すように伸一に問い掛けてきた。

「あ?あれー?お知り合い?」

めぐみの問いにも答えず、伸一と男は睨み合ったまま動かなかった。

「なんでそんなに見詰め合っちゃってるんですか?」

「馬鹿!見詰め合ってるんじゃない!睨みあってるんだ!」

伸一がめぐみを叱り付けるのを見て、男は笑い出した。

「ははははっ!相変わらず了見の狭い奴。母方の血が濃かったか。こりゃあ一生の間に芸術を理解できぬかもしれんなあ」

「う、うるさい!貴様なんかに芸術云々を言われたくない!」

男は千秋雅之。伸一の父だ。母を苦しめ、裏切り、挙句に捨てたこの男。伸一は自分がいつの日かこの男の全てを否定してやる、と心に誓ったことを思い出した。人格を、音楽性を、その人生を。

「貴様の演奏が芸術なんて、オレは認めない。テクニックばかりを重視してまるで心がないじゃないか!」

この男の欠点はこれなのだ。若い頃から人間離れした演奏テクニックを有していた。しかしその為にテクニック一辺倒に陥り、長きに渡り世に認められなかったのだ。

『はん!どうだ。ざまあみろ。貴様の音楽の最大の泣き所だろう』

伸一は子供の頃から長年に渡る恨みを晴らした気分になった。雅之もぐうの音も出ないらしい。一言も反論しようとしない。しかし・・・と伸一は思った。あれほどテクニックだけの無味乾燥なピアニストと酷評された男が、なぜ近年名声を得ているのだろう?なるたけの雅之に関わる情報には触れないようにしているものの、時折目に入る音楽系の雑誌の見出しを見る限り、第一人者と言わんばかりの書き様である。伸一は不安になり、雅之の顔を覗き込んだ。雅之の表情には余裕の笑顔が浮かんでいた。

「こ・こ・ろ、?」

雅之はそう呟いてから「ふんっ」と鼻を鳴らした。