※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。

(所謂二次小説で、本物とは一切関係ありません)


約二名ほどの特例を除けば皆、紳士、淑女ばかり更に音楽性の高いクラシック界の集まりだった。わずかな時間だったが彼らと良い時間を過ごせたことに伸一は悦びを感じた。会は世も更けた頃、気狂いじみたシュトレーゼマンの大演説をもってお開きになった。帰り際、再び雅之が伸一とめぐみに近付いてきた。

「マドモアゼルにこれを」

父がそっと差し出した手にはチケットがあった。めぐみが受け取り、読もうとしたが全部チェコ語だった。

「私のコンサートでね。今度の日曜日なんだ」

「わあ!伸一さんのお父さんのコンサート。のだめ、聴きたいです」

「ああ、本当はとっても高いチケットなんだが、特別進呈しよう」

「ありがとうございます。今度の日曜ですね。ね!先輩。日曜までプラハにいてお父さんの演奏聞いてから帰りましょうよ」

「嫌だ。こんな奴の演奏、誰が聴くか!」

「それならめぐみちゃん。私の家に泊まるかね。丘の上の古い城を改造したものなんだがね」

「え?お城?シャトー?わーい、泊まる泊まるー」

屈託無く喜ぶめぐみを制するように伸一が口を挟んだ。

「馬鹿!ホテルに泊まればいいだろ!」

「だって伸一さん、帰るって」

「ああ、おまえがどーしてもっていうなら、しょうがない。日曜日まで付き合ってやるよ」

どうせ今月一杯は休暇だ。久しぶりに子供時代を過ごしたプラハを見物するのも悪くない。伸一の脳裏には、子供時代に遊んだ小川のせせらぎや、路地裏の石畳が思い出された。記憶を辿って行ってみよう、懐かしいあそこへも、あそこへも、あそこへも・・・・。

ところで、とめぐみが雅之に訊ねた。

「これピアノコンチェルトって書いてあるんですよねえ?誰が指揮するんです?」

「ああ、ま、私の演奏であれば誰が指揮するなど関係ないんだが」

雅之は空とぼけた表情で上座に視線を向けた。

「シュトレーゼマンにでも頼むとするかな」

世界の巨匠に対し「でも」はないだろ、と思いながら伸一はシュトレーゼマンを見た。シュトレーゼマンはちょうど若手の女性演奏者の尻を触り、眉を顰められているところだった。

『ったく、あれじゃあ仕方が無いか・・・』

がっくりと伸一は肩を落とした。そんな伸一の耳元に雅之が囁き掛けてきた。

「おい伸一、彼女を俺に預けてみないか?」

彼女とは勿論、めぐみのことだ。伸一にはそれが悪魔の囁きにも聞こえた。
 
「俺が仕込んでやるぜ」

まるで山賊のような物言いに、伸一は背筋が寒くなった。

「ダメだ!めぐみにはオクレール先生がいる」

「おー!オクレールならよく知っている。彼も俺になら喜んで預けるだろう」

しまった、と伸一は思った。これで断りにくくなってしまったではないか。

「俺ならあいつを一級品に育ててみせるぜ。ピアニストとしても・・・女としてもな」

雅之はまさしく芸術の都に不似合いな下卑た笑いを浮かべてみせた。伸一はなんとか断ろうと考えを巡らせた。しかしそんな伸一の心中を察したごとく、雅之がこう囁いた。

「伸一。一つ教えてやる。おれはついに神の領域に到達した。神の技を手に入れたんだよ」

「なんだそれ?」

「ふふふ、今におまえにも分かる」

意味不明な言葉を残し、雅之は去っていった。