※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。

(所謂二次小説で、本物とは一切関係ありません)



会場から部屋に戻るや伸一は激しい疲れを感じ、ベッドに倒れ込んだ。

「先輩大丈夫ですかー?」

相変わらず呑気なめぐみの声が頭上から降り注いだ。めぐみは酔っている。それも随分と機嫌が良い。もっともあれだけ皆からちやほやされれば気分が悪くなる筈がない。それもちやほやしてくれたのは今をときめくクラシック界の名手たちばかりだ。

「なーにが『マーシュアウーキュ・チッアックハ』だ!雅之・千秋じゃねえか!」

「だってのだめチェコ語読めないんですもの」

「少なくともラストネームはオレと一緒だろ。それくらい気付けよ!」

「ごめんなさい。でもお父さん、格好良かったですねえ。顔かたちは千秋先輩に似てるけどなんだか凄くワイルドで、女の人たちがきゃあきゃあ言うのが分かりますよ」

「どこが似てるってんだ。第一あいつは父親なんかじゃねえ!親父らしいことなんか一つもしてもらってねえし・・・」

伸一はプラハの小学校に上がったばかりの頃の出来事を思い出した。あれは母がパリに住む親戚を訪ねて数日留守にしていた時だ。珍しく父が帰ってきた。子供心に父の様子がおかしいのを感じた。なんだか母の留守を狙って帰ってきたような感じだった。そんな日、伸一は小学校で食中りしたらしく痛い腹を抱えて早退して帰ることになった。途中の市場でまかないをしてくれているマルチナが買い物をしているのを見付けた。いつも買い物は夕方なのに、と不思議に思い声を掛けようとしたがやめた。心配性の彼女に『お腹が痛いから早退してきた』なんて言ったらたちまちパリにいる母に連絡してしまう。それで伸一はマルチナに気付かれぬよう家路を急いだのだ。家に着くと玄関のドアが開いていた。マルチナに限って鍵を掛け忘れるなんて?と思ったが昨日から父が帰ってるんだと気付き、多分父が家にいるのに違いないと思った。安心した伸一はそのまま自分の部屋に向かった。途中、父の仕事部屋、ピアノの置いてある部屋の前を通過すると話し声が聞こえた。女性の声、伸一の知っている声だ。父のマネージャーをしているアンナだ。いつも黒ぶちの眼鏡をかけた才媛だが仕事熱心過ぎて面白くない人、というのが伸一の印象だった。いつも無表情でカチッとスーツにタイトなスカートで身を固めた風貌からも『なんだかロボットみたい』と思っていた。ところがその時のアンナの声は伸一が聞いたことが無いものだった。「ねえ、雅之だめ・・・伸一くんが帰って来ちゃうわ」「大丈夫、まだ二時だ。小学校は三時半まで授業だ。それから帰れば四時にはなるさ」「でも、マルチナが」「さっき、早めに買い物に行けって追い払ったろ。それにあれもこれもと買うものを言い付けといたから二時間は十分掛かるさ」「ああ、でもダメ。事務所の規定なの。雅之たちは事務所からすれば商品なのよ。商品に手を出したらクビだわ」「だから妻の留守を狙ってここまで来たんだろ。自宅なら事務所の目も届かんさ」「でも・・・ああ、もうダ・メ気が狂いそう」「ふふふ、狂っちぇえ」・・・・

『穢らわしい!』と伸一は自分の記憶を打ち消すように心の中で叫んだ。『あんな奴がオレの父親である筈あるか!絶対無い!』と。

「でもお父さんはお父さんですよ。血が繋がってるんだし。きっとお父さんだって千秋先輩のこと心配してますよ」

「心配なんかするような奴か!もっともしてくれんでもいい、もう奴の話はやめてくれ」

「せっかく再開できたのに・・・」

「うちはな、おまえん家みたいにノー天気な家族じゃねえんだ。おまえもあいつとは仲良くするんじゃないぞ!」

「ふいーん」

何を苛付いてるんだ、と伸一は自分を振り返った。さっきから随分苛苛してる。思い出さなくてもいいような子供時代の嫌な思い出に耽って自ら不機嫌になってみたりして、今日のオレはどうかしてる。いつもの冷静さを取り戻した伸一は天井の模様を数えながらその理由を考えてみた。やはりあれが引っ掛かってるんだ、伸一は自分の本心を素直に認めた。

『ジャンが言った「その上、のだめちゃんも」って言葉にオレは引っ掛かってる。それじゃまるでオレよりのだめの方が上みたいじゃないかって』

伸一はめぐみがパジャマに着替える様を眺めた。それからもう一度考えた。

『ジャンだけじゃない。今日、あそこに来た皆がそう思ってたに違いない。いや、あのネドベド国際音楽祭のエキシビジョンを聞いた誰もがのだめに注目したんだ。オレじゃなくてのだめに・・・・こんなことは初めてだ。今までいつもオレが成功して、のだめがそんなオレに追い付こうとして・・・』