※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。

(所謂二次小説で、本物とは一切関係ありません)



めぐみはかなり酔っているらしくおぼつかない手付きで歯ブラシを動かしていた。

「やふぇいはやっぱひとうひょうがいひばんでふねえ(夜景はやっぱ東京が一番ですねえ)」

「はあ?おまえ、歯磨くか喋るかどっちかにしろよ」

「はひー」

めぐみが洗面室に向かうのを見詰めながら伸一は溜息を付いた。

『なんだか今日のオレ、おかしい。なんでめぐみに嫉妬なんてするんだ?一緒に欧州まで来て、ずっと一緒に頑張ってきて。オレの成功にあいつはこころから歓んでくれて・・・オレだってあいつの成長が心から嬉しかった。そのままでいいじゃないか』

きっと十数年ぶりに父と再会して調子が狂ってしまったんだ、と伸一は思った。まったく昔と変わらず嵐のような男だ、勝手に現れて人の心を散々掻き乱し、また勝手に去っていく。そういえば、と伸一は別れ際の雅之の言葉を思い出した。

『神の技を手に入れた』

神の領域に到達した、などと言っていた。相変わらず気狂いじみたこと言いやがって!と伸一は腹が立ったが一方でまんざら出鱈目な話でも無いような気もした。しかし、幾ら考えてみても神の技術などと呼べるものなど想像できなかった。そういえば、と伸一はベッドから立ち上がりテーブルの上に置かれたチケットを掴んだ。

『日曜日はあいつのコンサート。それで答えが出る』

そう思うと少し安心した。安心してめぐみの不在に気が付いた。洗面室から出てこない?伸一が洗面室を覗くと案の定、歯ブラシを銜えたまま床で寝ていた。

「まったくしょうのない奴だな」

伸一はそう口に出してからまた今日のパーティーのことを思い出した。皆が絶賛していた”のだめ”というピアニストは、ここで寝ている”めぐみ”という間抜けな女とはまるで別に存在しているかのようだ、と伸一は思った。そう思うと伸一はなんだかのだめが遠くに行ってしまったような気がして訳の分からない不安が込み上げてきた。しかし、と伸一は思った。よく考えると”のだめ”って何だ?こいつは欧州まで来てあだ名で呼ばれてやがる。伸一は自分の不安が馬鹿馬鹿しいものに思えた。

伸一はめぐみに無理矢理うがいをさせ、ベッドに運んだ。

「ほれ、パジャマに着替えろ」

めぐみは寝惚けてむにゃむにゃ言いながらも伸一の言葉は理解しているらしい。ベッドに転がったまま自分で着替えを始めた。のろのろと服を脱ぎ始めた手がちょうど真っ裸になったところで止まった。

「ひひひ、せんぱい。今日はハダカで寝ちゃいましゅか?」

「馬鹿、おまえ酔っ払い。吐くぞ」

「ちぇ!伸一さんのいけずー」

伸一が枕で頭を一叩きするとめぐみは気絶したように眠りに付いた。

『ったく、こんな奴に一瞬でも嫉妬した自分が恥ずかしい』

伸一は窓辺に行き夜のプラハを見下ろした。懐かしいプラハの街並み。子供の頃、暮らしていた街がそのままだ。明日は子供の頃、暮らした辺りに行ってみよう。いや、明日だけじゃない、日曜日まで十分時間はあるからいろいろ回ってみよう。数え切れないほどの思い出が洪水のように伸一の脳裏に湧き上がった。母方の三善家が所有するプラハの家や、学校帰りに遊んだ小川。なかでも忘れられないのは・・・

ビエラ先生はまだ同じ家に住んでるのかなあ?』

懐かしいビエラ先生の屋敷のそこかしこがまるで映画の一場面のように思い出された。白い漆喰の廊下、太陽光線が一杯に入るように設計された客間、庭が見渡せる広い窓。石造りの壁が剥き出しのピアノ室は随分と天井が高かったっけ。伸一は幸せな思い出に浸りながらベッドに潜り込んだ。