※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。

(所謂二次小説で、本物とは一切関係ありません)



そう伸一が叫ぶや意外な答えが返ってきた。

「やめるのはお前だろう。お前さんニポンのヤクザか?」

「な、なんだと?」

「オンナノコを殴るなんてオトコのすることじゃなーいね。それするのはニポンのヤクザだーけ」

知らぬ間に街の人々が伸一たちの周りを取り囲んでいた。伸一が彼らを見渡すとそれが合図とでも言うようにお爺さんお婆さんから若者、子供まで一斉に

「そうだ、そうだ」

と声を上げた。「そうだ」とは伸一に同調したのではない。伸一を後ろからガッチリと羽交い絞めにする男の言葉に同調したのだ。

『これじゃあまるでオレが悪人みたいじゃないか?』

伸一が心の中で呟くと身体中の血液が逆流するのを感じ目の前が真っ暗になった。真っ暗になった意識の遠くの方から「やっちまえコノヤーロ!」とか「警察にツーキ出せ!」などと叫ぶ声が聞こえた。なにかあったのかな?と思ったがすぐにそれが自分の身に起こっていることだと気付いた。やばい、非常にやばい状況だ改めて伸一は自分の置かれている状況に慄いた。

「やめてー!!」

突然、大きな声が響き渡った。もう一度やめて下さいったらー、という声が聞こえると急に自分を羽交い絞めにする男の手が解かれるのを感じた。解放された伸一が振り向くとレスリングの選手を思わせるごっつい男が立っていた。こんな奴に羽交い絞めされたんじゃ動けない訳だ。救いの声の主はめぐみだった。めぐみは腕を解かれた伸一に寄り添い、集まった皆を「シッシッ」と追い払った。助けてくれたのだ。伸一と男の周りを取り囲んでいた人々も水が引くように消えていった。伸一を羽交い絞めにしていた男も首を傾げるとすごすごと消えていった。あたりはまた普段通りの街並みに戻った。

「はー、もう先輩どーなっちゃうかって心配しちゃいましたよ」

「ああ、ありがと」

いえいえどー致しましてというめぐみの声をよそに伸一はプラハに来てからのことを思い出していた。

『まったくここに来てからおかしなことばかりだ。パーティーじゃジャンの言葉でめぐみに嫉妬してみたり、それに今日は今日でこれだ。のだめの頭なんていつも殴ってるっていうのになんで犯罪者扱いされるんだ?』

プラハは自分の故郷と同然なのに何故?という疑問が伸一の脳裏を駆け巡った。しかし結論は簡単に出た。

『間違いない。あいつにあったから調子が狂っちまったんだ。だいたいあの野郎、何年振りだっていうのにいきなり父親面しやがって!』

伸一は腹立ち紛れにレンガ造りの道路堰堤を蹴り付けた。そこに雅之の顔が浮かんで見えたのだ。するとそのレンガが割れて落ちた。やばい!と伸一が思った時には遅かった

「オーノー!やくざ!やぱりニポンのやくざ!」

と大声で叫ぶ声がした。花売りの老女だった。伸一が落ちたレンガを手に取りあたふたしている間にまたぞろ人々が集まってきた。「おい、やっぱあいつヤバイ奴なんじゃねえか?」なんて言ってる。今度こそ本当にマズイぞと伸一がレンガを持ったままあたふたしているとめぐみが叫んだ。

「先輩。逃げましょう!」

めぐみに腕を引かれ伸一は走った。何で逃げなきゃいけないんだ?と疑問に感じつつもめぐみに従った。息がゼエゼエ、心臓がバクバク言い始めた。もう走れないよ、と伸一が走る脚を止めると

「ここまで来れば大丈夫ですよねえ。もうあの人たちも見えないし」

かなり遠くまで逃げて来たようだ。すっかり街並みが変わってる。それにしても、もう嫌だ。なんでこんな目に遭う?伸一は歩道に沿って設置されているベンチのの一つにへたり込んだ。なんだかとても疲れた。自分を暖かく迎えてくれる筈のプラハからいきなりキツイ洗礼を受けたのだ。伸一は肩で大きく息を吸い込みながら、目を瞑った。

「先輩なんだか付いてないですねえ」

めぐみが伸一の顔を心配そうに覗き込んだ。くそ!オレはのだめになんか同情されてるのか、と伸一は腹立たしく思った。しかしそう思ってから突然、頭が冷静になった。なんだかオレおかしい。のだめに同情されてることで腹が立つなん、まるでめぐみを見下してるみたいだ。オレっていつの間にかめぐみを見下してたのかな?

『見下してますよ』

めぐみの声がした。まるでオレの心中を読んだかのようだ。オレって今、口に出して喋ってたのか?

『おまえはヨ、いっつも他人のこと見下してんだよ!』

何?峰?なんで峰?突然、日本にいる筈の音大時代の親友、いや向こうが勝手に親友だと思っているだけだが。その峰の声に伸一は首を傾げた。峰には三木清良という彼女がいて彼女はウィーンに留学してて、だからウィーンに逢いに来てその足でプラハまで・・・それにしてもなんという偶然、こんなところで遭うなんて・・・

「先輩、先輩!」

うん?のだめの呼ぶ声がする?どこだ?たった今まで隣にいたのに。なんて伸一が辺りを見回そうとすると、いきなり身体を前後に揺すられた。

「ああ、良かった!もう先輩ったらこんなとこで寝込んじゃうんだから。ショックで気絶したのかと思いましたよ」

「馬鹿、何にショック受けたっていうんだ」

「そうですよね。先輩は面の皮が厚いって言うか。まあもともと正義の味方じゃありませんから悪者扱いされたって気にしませんよね」

「誰が悪者だ!この阿呆!」

「あ!ほらまた殴ろうとするー。この暴力男!平和を愛するプラハではそれは悪者のすることですよ」

たしかにそうだ。プラハに限らず東欧はサラエボ、ブタペストなど長い歴史の中で悲惨な紛争を経験してきた都市が多い。その分だけ、平和ボケした日本人なんかよりずっと平和に対して敏感なんだろうな・・・日本で暮らした十年近くの間に自分がすっかり日本人になっていたことを伸一は感じた。今の今まで自分は半分以上プラハ人のように思っていたのに、なんだかプラハが遠い存在になってしまった気がした。

「なんだかオレ、いろいろ勘違いしてたみたいだな」

「おー!先輩が反省するなんて珍しい!」

めぐみが驚愕の声を上げた。そんなことはない、オレはいつだって自分を省みながら生きてきたんだ、みんなからは自信満々ないけ好かない奴とか思われてるらしいけど、いつだって不安でいっぱいだった・・・しかし伸一はそれを口に出しては言わなかった。

「ちょっと疲れてるんだ。今だって急に眠ってしまって、いきなり峰が夢に出てきたりして・・・」

「え?峰君?峰君がどーかしたんですか?」

「いや、だから今ちょっと夢に出てきたんだ」

「へー偶然ー。実は今朝起きて携帯見たら峰君からメールが入ってたんですよ。ライジングスターのみんなでパリに来るんですって」

「え?おかしい。まるでデジャブみてえじゃねえか」

「デブじゃ?のだめおデブじゃないですよ!」

「バカ、デジャブ。予知夢のことだよ」

「よちむ?」

「未来の出来事を夢で見てしまう現象だ」

「わあ、先輩遂に超能力者になったんですか?頭のいい人は凄いんですねえ。ねえ、今度ののだめの試験問題も夢で見て教えてくださいよ」

「バカ、ほんと予知夢なんてある訳ないだろ。ただの偶然だ」

ああ、勿論偶然だとも、と伸一は自分に言い聞かせるように呟いた。予知夢と言えばあの黒いマントの男。ここ数日毎日のように伸一の夢に現れる吸血鬼みたいな男だ。あれ、まさか親父じゃねえだろうな、伸一はそう思ってから、それを打ち消した。まさかな、幾らなんでもそんな安易な展開の話にはならねえだろう・・・伸一は顔を引き攣らせながら首を左右に振った。なんだか嫌な物に憑り付かれたような気分になって、それを振り払いたかったのだ。