※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。

(所謂二次小説で、本物とは一切関係ありません)



「やっぱり眠ってる間におかしなことしてたじゃねーか!」

ポカっと頭を殴ると

「おかしなことなんかしていませんよー。治療なんです」

とめぐみが反論した。

「先輩には治療が必要なんです!」

ったく何が治療だよ、などとぶつぶつ言っているうち伸一は異変に気が付いた。自分がいつの間にかパジャマ姿でベッドの中にいるのだ。ついさっきまでキッチンにいた筈なのに。それだけではない。壁もおかしい。なんで木の壁?待てよ、この部屋は?ホテルじゃないか!

「おい!いつホテルに戻ってきたんだ!?」

しかしめぐみは伸一に殴られた頭を自分で撫でながら窓の外の夜景を眺めたまま何も答えなかった。おい!めぐみ、ともう一度呼んでみたものの何の反応も無い。ここは、どこだ?伸一は再び部屋の中を眺め回したが、何度見てもここは二人が宿泊しているホテルの部屋。オレが眠ってる間にめぐみがホテルまで運んできたのか?まったく手の込んだ悪ふざけをする奴だからな。などと思ってみたもののなんでめぐみがそんなことをする?痛!突然痛みが足元を襲った。しかし足元には何も無い。ただ毛布が掛かっているだけだ。しかし、伸一は思い出した。それはレンガを蹴り飛ばした時の痛みだった。めぐみにラリアットをお見舞いしようとして顰蹙を浴びた時、怒りに任せてレンガ製の道路堰堤を蹴り付けた。レンガも割れたがどうやら自分の足首も痛め付けてしまったらしい。

『痛い』

伸一は呟き、痛めた足首を引き寄せた。随分と厚い靴下を履いているように感じた。それにしても厚過ぎる。伸一は毛布の中に頭を突っ込んで足元を見た。驚いたことにシップが貼られていた。伸一にはそんな治療をされたまったく記憶が無いのにだ。

「おまえがやってくれたのか?」

毛布から顔を出すとめぐみに訊ねた。なんだかめぐみが立つ位置がさっきと少し移動しているような気がした。が今はそれどころじゃない。オレがいつの間に治療なんか受けてたか?だ。伸一は断固たる決意でめぐみに訊ねた。

「この湿布は誰が?」

「病院に行ったんですよ。タクシーに乗ってから急に熱が出てきて、そのまま病院に連れて行ったらもう汗びっしょり。お医者に診せたら『足首が折れてる』って言われて。治療してもらってそのままここに戻ってきたんです」

?そのままここに?そんなバカな。だってオレの育った家に、三善家がプラハに所有する屋敷に二人で行ったろ。めぐみがいつもの悪ふざけをしているのだろう、と思った。第一足首が折れたって、ほらこのとおり全然大丈夫・・・そう伸一は毛布の中で右足を浮かせた途端、激痛が走り抜けた。「痛!」思わず叫んでしまった。

伸一は少しずつ自分の記憶に自信が持てなくなっている自分に気が付いた。そしてふいに思い付いたのだ。そうだ!マルチナのことを訊いてみればいい。のだめは随分、気が会ってたじゃないか!伸一は鬼の首でも取ったようにその名を口に出した。

「マルチナは?マルチナはどこだ?」

しかしめぐみは答えない。伸一は業を煮やし

「なぜ答えない!?」

とめぐみを問い詰めるように叫んだ。

「マルチナって誰ですか?知りませんよそんな人。のだめは名前も聞いたことありません。またミルフィーと行ったキャバクラの女の名前なんじゃないですか?」

めぐみはこちらを振り返りもせずそう言った。伸一が首を傾げた。まさかあの屋敷での出来事は全て幻だったというのか?マルチナと再開し、ピアノ練習室でのだめの演奏を聴き、奇妙な鍵盤を発見し、夜には父のバカみたいな姿を見た。それが全て幻?オレの夢だというのか?バカな?しかし夢だとするならどこから?あの、タクシーか。堰堤を蹴り付けレンガを割ってしまった後、のだめに手を引かれ逃げ込むようにタクシーに乗った。それからオレは幼少時代を過ごした家に行ったつもりだったのだけれど、それが夢。現実はレンガを蹴ったことで足首の骨を折ったオレはのだめに病院に担ぎ込まれた。そこで治療を受け、ホテルに戻ってきたというのだ。信じられん。しかし、そういえばあの屋敷について、のだめは妙によく知っていた。オレはてっきりオレがタクシーで寝ている間にあのインチキ催眠術でいろいろ聞きだしたのかと思ったんだ。まさかあれがすべて夢だったなんて・・・

ふいに微かな金属音が聞こえてきた。それは少しづつ大きくなってきたものの、どこかくぐもっていた。そう、外から聞こえるのだ。多分、窓の外。窓の外で、何かが回ってる。何だ?いや、これは聞いたことがある。これは、か、風見鶏!風見鶏が風で回ってる音だ。あの屋敷の風見鶏が何故ここに?それにここは最上階に近いんだ。こんなところに風見鶏だ立ってて堪るか!そんな伸一をあざ笑うかのように突如、めぐみがこちらを振り返り始めた。それはゆっくりと、伸一の心を焦らすように。

「おい!のだめ!どうーしたんだ。ったく、気持ち悪い」

「気持ち悪い?これが?気持ち悪いのー!?」

そう低い声で叫びながら振り向いためぐみの顔は恐ろしい吸血鬼そのものだった。たった今、誰かの血を吸ったように口元からは血が滴り落ちていた。いや!よく見ると伸一のパジャマの前もべっとりと血が溢れていた。なんだ!どーしたんだ!と動揺する心を押さえ込みながら、伸一は状況を冷静に把握した。どうやら自分は血を吸われたらしい。目の前にいる吸血鬼に。

「がはははー!」

突如、甲高い笑い声を上げためぐみは、ばさぁ!と何かを翻した。マントだ!真っ黒いマント。再びマントから現れた顔はめぐみのそれではなかった。貴様!めぐみをどーした!喰い付くように叫ぶ伸一を、吸血鬼は見下すように笑った。

「他人の心配より、自分の心配をしろ!がはははー!」

「貴様!親父なのか?」

「お・や・じ?幾つになってもひとり立ち出来ない坊やだのー」

「な!なんだと!」

「まあいい。さらばじゃ!がはははー!」

あ!待て、と伸一が叫ぶより早く吸血鬼は窓の外へ消えてしまった。