※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。

(所謂二次小説で、本物とは一切関係ありません)



次に目覚めた時、眩いばかりの陽光が自分の顔を照らしているのを伸一は感じた。まるでヴィヴァルディ協奏曲集《四季》春が奏でられているような、そんな高貴な朝。遠くから鍋の煮立つ匂い、タンッタンッと包丁を使う音がした。めぐみがマルチナと朝食を作っているのだ・・・え?ちょっと待て。伸一は慌てて上半身を起こした。そして辺りを見回す。壁、天井、窓。窓の外からはプラハの郊外の風景が広がっていた。ここは生まれ育った屋敷。ここに来たのはやっぱり夢じゃなかったんだ。くそ!ったくどっちが夢でどっちが現実なのか分からなくなっちまったじゃねえか。何故こんなことになったのかといえば、間違いない。のだめの奴がオレが眠るたびにおかしな催眠術を掛けてるに決まってる!伸一はガバーッと跳ね起きるとそそくさと服を着替え足早にキッチンに向かった。寝室を出てからの廊下も、階段も、窓も、床も、すべて昨日のとおりだ。やっぱりオレがおかしいんじゃない。のだめがおかしなことをしてるんだ!伸一は息せき切ってキッチンのドアを開けた。

「おい!のだめ」

朝食を作っていた二人が同時に伸一の方を振り返った。

「ああ伸一!おはよう」

なんてマルチナが呑気な挨拶をした。しかし伸一はマルチナで良かった、とホッとした。振り返ったらまた訳の分からない化け物だったらどうしよう、と少し不安だったのだ。

「さあさ旦那様。お朝食が出来ましたよー」

のだめは更に呑気な調子でスープを運んできた。ポレフカ・ブランボロヴァ、ジャガイモを使ったチェコの典型的な家庭料理だ。そもそも家庭料理というものをあまり好まないオレだが、こいつだけは違う。何故か心が休まるんだよなあ・・・その香りに伸一はうっとりとしてさっきまでの怒りを忘れてしまっているうちに

「さあさ座って下さい。旦那様」

とのだめに肩を叩かれ座らされてしまった。マルチナが

「まあ、のだめちゃんったら。昨日の夜はいいことがいっぱいあったのねー」

などと意味深な笑みを浮かべた。

「さあさ、食べましょ」

めぐみに促されるように伸一はテーブルに用意されたスプーンを手に取った。気が利くじゃねえか、と思ったものの、あれ?のだめってこんなに気が回ったかな?と不安が頭をもたげた。そこで自分の頬を力一杯抓ってみたらとても痛かった。幸か不幸かこれは現実らしい。ったく、当たり前じゃねえか。どう考えても現実、このオレが夢と現実の区別が付かない筈がない。伸一は久しぶりに自信を取り戻した自分に思わずほくそえんだ。

まったく本当にどうかしてたよな。パーティーであいつと遭ってから調子が狂いっぱなしだ。伸一はパーティー会場で十年数年ぶりに見た雅之の姿を思い出していた。あいつ、ほんとどうかしてる。神の技を身に付けたなんてバカらしい。それに昨夜のあれはなんだ?まったく暴走族も顔負けだ。マルチナだって悪趣味だって言ってた。近所から苦情も聞こえてきたじゃないか。「また千秋さんね」なんて言われてるってことは年がら年中あんなことをやってるんだろう。 そういえばマルチナが「風見鶏があの城を指す時現れる」って言ってたな。近所の人がみんなそう言ってるって。そんなの偶然に決まってるけど、夜中にあんなおかしな服装で派手に車を飛ばしたりするからそういう変な噂を立てられるんだろう・・・ふと伸一は窓の隅に見える門を見た。石造りの門柱の上に風見鶏を探した。しかし、幾ら見てもその姿は見付からなかった。そういえば、霞が立っているせいか雅之の居城も見えない。そんなに遠く無い筈なのに。伸一は席から立ち上がり足早に窓辺に近付いた。窓に両手を付き、まず門の上を見直した。やはり風見鶏など無い。それどころか屋敷をぐるりと囲んでいるどの塀の上を見ても風見鶏など見付からない。今度はもう一度、雅之の居城があったと思われる場所を目を凝らしてみたが霞の向こうには何も無いような気がする。

伸一は思わず叫んだ。

「おい!吸血鬼はどーした?」

マルチナとのだめは顔を見合わせ首を傾げた。

「答えろ!どーしたんだ?」

マルチナが両掌を天井に向け

「変な伸一」

と苦笑いしてみせた。それを受けてめぐみが

「変でしょ。この人ちょっと変わってるんです」

と返すとそそくさとティーカップを運び始めた。

くそ!なんでのだめに「この人変わってる」なんて言われるんだ!?それにしても、と伸一は首を捻った。これは夢か?オレって本当におかしくなっちゃったのかな?たしかに昨日、三人で雅之がオープンカーで飛び出していくのを見た筈なのに。その時たしかに風見鶏が・・・考えれば考えるほど伸一は混乱した。しかし伸一は知らなかった。その時、屋敷の外にトラックが来ていたことを。トラックの前で二人の男が立ち話をしていた。一人は普段着の老人、もう一人は作業着を来た比較的若い男。

「それにしてもこんなに錆付いてちゃ回るたびにキコキコ煩かったでしょ」

「そうなんだよ、近所から苦情が酷くてね。これでようやく静かになる」

「じゃ、町内会長さん。これで失礼します」

「ははは、朝からご苦労さん」

町内会長が見送る中、ゴミ集配車が発進していった。一方、キッチンでは

「なんだか伸一さん、昨夜のお父さんのこと言ってますよ」

「し!知らん顔しましょ。親子の問題だから私たちは立ち入らない方がいいわ」

「それもそうですね」

マルチナとめぐみが頷き合っていた。