※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。

(所謂二次小説で、本物とは一切関係ありません)



「やいエリーゼ!ジジイはどこだ!?」

伸一はパリに到着するやアパートメントにも寄らずいきなり事務所に向かい、CEO室に乗り込んで行った。ソファがそのまま回転椅子になったような豪華なCEO専用の腰掛にエリーゼは長い脚を組んで座っていた。そのマネキンのような美しい顔には相変わらず表情が無い。支配者然とした横柄な態度は、まるで伸一に抗議の機会を与えてやっているとでも言わんばかりだった。

「おい!隠すつもりか!オレはこの事務所の契約指揮者だぞ!」

伸一がそう叫んだ時、初めてスイッチが入ったとでもいうようにエリーゼは動き出した。こいつロボットか?

「あなたが言いたいことの意味がよく分からないわ。千秋伸一」

何故フルネームで呼ぶ?伸一はエリーゼの口調が少し引っ掛かった。

「つまりこういうことかしら?シュトレーゼマンがあなたの愛する婚約者を誘拐した、だからその居場所を教えろと?」

「そ、そうだよ!簡単に言うとな」

「でもそれにはあなたのお父様も加担している。いえ、むしろお父様が首謀者でシュトレーゼマンは共犯者に過ぎない」

「ま、まあそんな感じではある」

伸一の答えにエリーゼは唇の端を引き攣らせたような笑いを浮かべた。そして伸一を突き放すように言い放った。

「これはあなたがた親子のプライベートな問題ね。むしろシュトレーゼマンはそれに巻き込まれた。つまり被害者だわ」

「な、な、なんだと!」

まるで裁判官然としたエリーゼの口の利きように伸一は腹が立った。

「どうせあのジジイがまたおかしなことを考えてるに決まってるんだ!いろいろ言ってないで早く居場所を教えろ!第一、オレはジジイの弟子なんだから師匠の居所を知っておくのは当たり前のことだろ!今までだってずっとそうしてジジイの面倒をオレに押し付けてきたくせに!」

そう伸一に迫られてもエリーゼはまるで意に介していないようだった。そんな話をまるで無視するようにエリーゼは厚いオークの一枚板で出来たデスクに目を落とした。秘書によって幾重にも積み重ねられた書類をぱらぱらとめくる。それからごく事務的に一枚の文書を抜き出した。

「そんなことより。これ。どうぞ読んでみて」

言われて伸一は目を通し、愕然とした。

「これは契約解除の文書!」

「そ!当事務所は昨日をもって千秋伸一、あなたとの契約を一方的に解除したわ」

「バカな!不当解雇だ」

「フトウカイコ?」

「分からないフリするな!」

「残念ね伸一。私たちのマネジメント契約に労使関係は存在しない。日本の労働基準法も雇用安定法もあなたを守ってはくれないわ」

「く!理由はなんだ?」

「ああ、それはこっちを。当事務所とあなたの契約書よ。ほらここに『著しい能力の劣化が認められた場合、一方的に解除できる』ってあるでしょ」

「著しい能力の劣化?なんだそれ?」

「つまり、音楽家としてダメになった場合ってこと」

「オレがダメになったっていうのか!?」

エリーゼは超豪華なソファ型回転椅子を回し真一に背中を向けた。そして広々とした窓から下界を見下ろした。

「あなたね、プラティニ指揮者コンクールまでは目覚しい成長ぶりだったけど、その後、パッとしないのよね。安心しちゃったのかしら?だからクビ」

「これはシュトレーゼマンも承知してるのか?」

「勿論。むしろ彼の発案よ。

『千秋の演奏、固過ぎてつまんない!糞マジメなだーけ!もう飽きちゃった!飽き飽き!千秋に飽き飽き!もうクビにしちゃってー!』

ってね」

真一の脳裏に、人差し指で首を左右に切る真似をするシュトレーゼマンの姿がありありと浮かび上がった。あのジジイならそのくらい言いかねねえ。真一は全身の力が抜けるのを感じた。

「あ、それじゃここに印鑑押してね。無ければ拇印でいいわ」

エリーゼの言葉が遠くで聞こえるようだった。真一は差し出された朱肉に親指を押し付け、契約解除書類に拇印を押した。なんでサインじゃねえんだ?と頭の隅で疑問に思ったがそんな反論をする気力も失せていた。