※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。

(所謂二次小説で、本物とは一切関係ありません)



ドヴォルザーク チェコ組曲

伸一はシャワーで火照った身体を冷ます為とでもいうように窓辺に腰を降ろした。DVDプレイヤーのスイッチを入れると悲しげな、それでいて心を満たすような旋律が広がった。アントニン・ドヴォルザーク。1841年9月8日ミュールハウゼン・アン・デア・モルダウ、現チェコのネラホゼヴェスに生まれた。ブラームスに才能を見いだされ、「スラブ舞曲集」で一躍人気作曲家となった彼はチェコ国民楽派を代表する作曲家であり、後期ロマン派を代表する作曲家というにとどまらず、クラシック音楽史上屈指の人気作曲家でもある。

『のだめの奴、何してるんだろ?』

伸一の脳裏にプラハの街並みが蘇った。のだめの奴、親父が「特コンチェルトの指揮は勿論、シュトレーゼマンだが、更に伸一を驚愕させたのは特別出演でめぐみが載っていたことだ。ま、まだ特訓なんて始めたばっかりだろう。いきなり何を演奏させるつもりだ?訓」なんて言ってたのに嫌がるどころか随分積極的だったじゃないか。子供の頃、ピアノ教師に殴られて以来厳しい練習にはトラウマがあった筈。日本の大学にいた頃だってハリセンの授業から必死で逃げてたのに・・・伸一は桃ヶ丘音楽大学ピアノ科の江藤耕造教授を思い出していた。江藤はエリート専門教師でハリセンを手にしたスパルタ指導で学生から恐れられていた。ハリセンはそこから付いたあだ名だった。あのハリセンだって結局のだめに逃げ切られ、優しい先生に転向させられたくらいだ。それがなんで親父の特訓ならOKなんだ?そこまで考えて伸一はめぐみのことを心配している自分に気が付いた。ふ!どうせ変態同士、いやシュトレーゼマンも合わせて変態トリオで仲良くやってんだろ。しばらくあいつらのことは忘れよう。

伸一は首を左右に振って立ち上がった。その時テーブルの上にノートが数札置かれているのに気が付いた。あれ?オレのじゃない。ターニャが忘れたのか?ノートを手に取って見るとフランクのものだった。伸一の落ち込みぶりを察して慌てて去って行った時に忘れたらしい。しょうがねえなあ、後で届けてやるか。と伸一が再びテーブルの上に置いた瞬間、ノートの間から一枚の紙切れが舞い落ちた。それはカラー刷りの美しいちらし。コンサートの案内だった。床から拾い上げた伸一は目を見張った。雅之のコンサート。なんと来週パリで開くというのだ。コンチェルトの指揮は勿論、シュトレーゼマンだが、更に伸一を驚愕させたのは特別出演でめぐみが載っていたことだ。ま、まだ特訓なんて始めたばっかりだろう。いきなり何を演奏させるつもりだ?しかし、それ以上に伸一を驚かせたのはコンサートの題名だった。

なんだこれは?

Vent Bois Feu Montagne

Vent?風?Bois?林?Feu?火?Montagne?山?、、、風、林、火、山?、、ま・さ・か、風林火山!?、、、ふー、、、ったく、なんて題名付けるんだ。戦争でもやる気か、ふざけやがって!伸一はちらしを丸めて捨てようとして、しかしやめた。そしてもう一度開いて伸ばし、壁にピンで留めた。もう一回聴いてみよう。あれがなんなのか。オレに理解できない筈がないんだ、同じ音楽家なんだから。伸一は皺の寄ったちらしをもう一度見詰めた。理解はできないけど、凄い演奏だったことは確かだ。聞いたことも無い演奏だったけど、このオレが思わず我を忘れてしまった。認めなきゃいけないのかもしれない、敗北を。オレは負けたんだ。だからのだめもオレの元を去ったのかもしれない。そしてシュトレーゼマンもオレから音楽を取り上げた。伸一はあの日のシュトレーゼマンを思い出した。すべて受け入れろと言ってたな。オレが絶対に嫌だと抵抗しても、

『今まで見たことがない、感じたこともない世界が広がりまーす』

なんて説得しようとしてたっけ。あの出鱈目な師匠がな、説得なんて。ふ!仕方が無い。まず親父の音楽を理解しなきゃ何も始まらないってことだな。ま、人間を理解しろって訳じゃない。あくまで音楽だから、割り切ろう。

そんな時ふいに携帯電話が鳴った。液晶を見ると「峰」と表示されていた。峰?そういえばのだめが

ライジングスターのみんなでパリに来る』

って言ってたな。くそ!よりによってこんな時に。伸一がそんなことを考えながら躊躇しているうち着信音が停止した。あ!切れた。さすがに10回はなってたからな。ま、いいか、これも不幸中の幸い。いや不幸は峰たちの方で、オレにとっては幸いだけだ。こんなところを見られたら、やれのだめはどーしたとか、訳なんて話したりしたものなら、お前このままでいいのかよ?俺と一緒に探しに行こうぜ!とか数限りないお節介に晒されるだけだ。まして来るのは峰だけじゃあない。あのオカマも、いやたしかオカマは二人いたな。奴らに知られようものならどんなおぞましいことになるか分からない。のだめがいないのをいいことにこの部屋に居座るとか言い出されたら・・・伸一は真澄と高橋の顔を思い出した。取り合えず放置だ。伸一は知らないふりを決め込むことにした。

ピンポンピンポンピンポンピンポン

その時、再び玄関の呼び鈴が執拗に鳴らされた。またターニャか?しつこい女だ。さっき追い出したばかりだというのに。欲求不満にも程があるんじゃないか?とにかく出ないでおこう。いや?フランクかも。忘れ物に気付いたか。まったく間抜けな奴だ。仕方ない、開けてやるか。そう思って「フランクこれだろ」と言ってノートを差し出しながらドアを開けた。すると、

「おい!千秋。久しぶり」

懐かしい峰の大声が聞こえた。