※テレビ版の「のだめカンタービレ」の続きを勝手に書いてみました。

(所謂二次小説で、本物とは一切関係ありません)


これは何だ?真一はのだめが落としていったCDを見た。

「MASAYUKI.C in Zeman hall with Stresemann」

この間の親父のコンサートのCD!プラハゼーマンホールで行われたあの忌まわしい演奏がこのCDに入っているんだ。そう思って見るとそのCDは、まるで魔が封じ込められたがごとき暗黒のオーラを発しているように感じた。真っ黒な炎のようなそれはいつの間にか真一の手に燃え移り、冷たい熱でその手を燃やし始めたかに見えた。ひ!真一は慌てて手を離した。

がちゃちゃーん

プラスチックの弾ける音がして、ケースが開いた。CDが顔を出し、特有の青光りする腹を覗かせた。真一は恐怖にすくむ手を叱咤しながら再びCDを手に取った。今すぐ聴いてみよう。いや、何度でも、繰り返し、演奏の秘密が分かるまで・・・真一は部屋の中に戻ると早速そのCDをセットした。たしかリストからだった、それからブラームスラフマニノフ、、、ったく、どういう選曲だ・・・真一はソファに身体を深々と沈めた。共通点といえば生涯、女性問題を抱えてたってことだけじゃないか、、まあブラームスは相手がシューマンの妻だったとはいえどうやら純愛だったらしいから許せるが、後の二人は、、、特にリストは、ちょっと女癖が悪過ぎたようだ、、、まさかあいつらそういう無頼な行為が一流の音楽家になる道なんて考えてるんじゃ?馬鹿な、、、いや馬鹿だ!あいらは馬鹿だから真似しようってのか?先人達の女癖の悪さを!それで、まさかオレにも、、、?馬鹿馬鹿しい!真一は思わず耳を塞いだ。が、その指の間からリストの超絶技巧練習曲が漏れ聞こえ始めた。

リスト超絶技巧練習曲第5番

うう、上手い。たしかに上手い。なんというテクニック。今までテクニックばかり追求しては、超絶技巧本来の解釈がおろそかになってしまうって思い込んでたけど、この演奏はそれが逆かもしれないって思わせる。超絶なテクニックがあって初めて解釈が成り立つのだと。演奏は更に次の段階に入った。ここだ、ここ。たしかこの辺りからおかしくなったんだ。幻覚を見始めて、、、よく分からない、、。一度、演奏が止むと、次いで流れ始めた超絶技巧練習曲は本来の倍の速さで演奏され始めた。狂ってる!幾らテクニックを追求するといってもやり過ぎだ。しかし、、、恐るべき、、フォルテシモ、、なんだ、、これは、、これは音楽じゃない、、ピアノを壊すきか!ああ、嫌だ、、もう嫌だ、、もう練習したくないよ、、?練習?練習ってなんだ?、、ああ、練習しなくちゃ、、、練習しなくちゃ叱られる、、、ああ、お母さん助けて・・・真一は遠いあの日の光景を思い出した。突然帰ってきた父。ピアノ練習室に連れて行かれる自分。泣き叫ぶ母。繰り返し同じ曲を弾かせる父。鬼のような顔。なんで?どこが駄目なの?どうしてこんなに強く鍵盤を叩くの?こんなの先生から教わってないよ!ああ、もう指に力が入らない!爪が割れそうだ!、痛いよう!!!!その時、突然真一の頭の中で何かが弾けた。パーン!という弾けた時の大きな音とフラッシュのような光が真一の脳の中でいつまでも尾を引いた。ああ、、?、、何だ?何なんだったんだ?、、ああ、今何かを思い出したような気が、、でも、よく分からない。何だったんだ?

ピピピピピピ!ピピピピピピ!

悪夢を切り裂くよう携帯の呼び鈴が鳴り響いた。真一は解き放たれたように我に帰り、慌ててテーブルの上の携帯を見た。峰だった。CDの音量を下げ、通話ボタンを押した。