僕らが部屋に入ると母が床に突っ伏し、その前に父が仁王立ちしていた。二人とも肩で大きく息をしていた。母が、僕らに気付いたのか顔を上げた。母の右頬は痛々しく充血して赤くなっていた。
「駄目よ。たくちゃん!由紀!表に出てなさい!」
母が叫んだ。僕は母がこんな怖い声で叫ぶのを始めて聞いた。僕は何か大変なこと、今まで経験したことの無い何かが起きていることを感じた。だから僕らは家から出なかった。今、母を見捨てたら、もう二度と会えないような気がしたのだ。幾ら逆上しているからとはいえ、父が母を殺してしまうなんてあり得ないことは分かっていた。でもこれは、いつものこと――父が思い通りにならない腹いせに母を苛めているのとは訳が違う、と思った。ただ、では何故父が逆上しているのかは分からなかった。
 それにしても、と僕は考えていた。父はいつも何に腹を立てていたのだろう?と。思い通りにならないことに腹を立てていることは僕ら子供にも分かった。でも、何が思い通りにならないのか僕にはまったく分からなかった。僕にだって思い通りにならないことはある。例えば、うちはお金が無いからゲーム機が無い。だから友達の家で借りるしかない。でも友達は皆、塾通いをしている。だから、僕が借りられるのは限られた時間なのだ。思い通りにはゲームを出来ないのだ。それでも、僕はそれで人を傷付けようとは思わなかった。誰かを殴りたいとか蹴りたいなんて思わない。ゲーム機が借りられなくて残念なことと、誰かを傷付けることは僕の中ではまるで結び付かなかった。
 しかし父は、機嫌が悪いと母や僕や、由紀にまで手を上げた。そういえば由紀はどうしたっけ?その時僕は由紀がいないことに気付いた。僕は父と母の姿を食い入るように見ているうち、由紀の存在を忘れていた。家に入って来た時は僕の横にいた筈だが、家の中を見回しても気配は無い。小さな家だから見えなくとも気配くらいは分かるのだ。でも僕は次の瞬間、由紀を見付けたんだ。由紀は僕の足元にいた。畳に膝をつきしゃがみ込んでいた。両手を膝の上につき、何も言わず目を見開いて父と母を見ていた。その目からはポロポロと大粒の涙が溢れ出していた。なぜ泣いているんだろう?と思った。父が母を殴ることなんて日常茶飯事のことだ。いつも僕らは見て見ぬ振りをしてきた筈だった。
 僕はなぜか由紀が遠い存在に感じた。由紀の涙は、僕の知らないことを沢山知っている証のように思えたのだ。由紀はこの事態の原因も、これからの結末も、全て知っているような気がした。
「由紀」
と僕が声を掛けようとした瞬間、玄関のドアが
ビシャンッ!
と大きな音を立てて開いた。土地が狭い関係で今時珍しい引き戸なのだ。その戸が、壊れんばかりの悲鳴を上げた。
「政司さん、やめて下さい!たくちゃんも由紀ちゃんも見てるじゃないですか!」
髭おじだった。言われた父は「ああー?!」と、まるでヤクザ者のような唸り声を上げ、髭おじを睨み付けた。そして
「子供が見てるからって何だ!どうせいつかは知らなきゃなんねえんだ!手間が省けるってもんだろう!」
と凄んで見せた。髭おじは一瞬何かを言おうとして、一度言葉を飲み込み、それから再び口を開いた。それは心の中で言葉を整理し直していたように見えた。
「政司さん、とにかく、落ち着いて下さい」
「落ち着けだあー!これが落ち着いていられるか!これだけ恥を掻かされてなあ!」
「しかし子供達を傷つける必要は無い!あなたの悪い癖です」
「あなたの悪い癖だ?おいおい、他人の家庭の中をよく知ってるじゃねえか!幾ら隣組だからってな、覗きでもやってるんじゃねえだろうな!」
父はひとしきり怒鳴り声を上げた後、少し考え込んだ。
「もしや、、、そうか、お前もグルか!そうか分かったぞ!まったくみんなで俺を馬鹿にしやがって、ちくしょー!」
父は言うなり母に向って飛び、着地と同時に母の背を蹴り付けた。薄く柔らかい母の背は、背骨が折れたかと思うほど無理な格好に歪んだ。
「父ちゃんやめて!」
突然、由紀が叫んだ。畳に座り込んだまま、涙が溢れた目で父を見た。しかしそれは睨むというような呪わしい目ではなく、懇願するような目だった。
「お願い、やめて下さい。母ちゃんの分まで誤りますから、母ちゃんを許して上げて下さい」
由紀は、顔を畳に伏せた。それはまるで土下座でもしているように見えた。父は、一息鼻から吐き出すと、怒りで真っ赤にしていた顔が一瞬にして冷めて青白くなった。僕はそれを見て、嫌な予感がした。父がいつも取り返しの付かないことを言ったり、やったりするのはこういう時なのだ。青白くなった時、父には冷酷な悪魔が舞い降りて来ているように思えた。そして予感は当たった。
「おい由紀」
と父が呼び、由紀が顔をもたげると
「お前、母ちゃんの分まで謝るっていったな」
由紀は首を縦に振った。すると父は薄笑いを浮かべ
「お前なあ!お前の母ちゃんが何をやらかしたか分かってんのか!」
と由紀を怒鳴った。
「あなた!やめて下さい。由紀に酷いこと言わないで。ほら、由紀、たくと一緒に表に出てて!」
「駄目だ!ここに居ろ!ここに居てよく聞け!」
「やめて!お願いします。堪忍して下さい。子供達には言わないで!」
「うるさい!うるさい!この娘もなあ、お前と同じ血が流れてんだよ!淫蕩な血がな!」
「政司さん!子供達に罪は無いだろ。もうやめにしなよ!」
髭おじも父を説得しようとしているようだった。
「後でゆっくり話そう政司さん。これは大人だけの話だ」
「お前が分かったようなことを言うな。いいか、俺はな、この由紀っていう血の繋がらない娘を育ててきたんだよ。どこの馬の骨とも知れない男の種で出来た娘をな!その俺がこの娘に何を言おうが勝ってじゃねえか!」
やはり父は最低だ、と僕は思った。母は、僕を愛してくれたのに、父は由紀を愛してはいなかったのだ。いいや多分、父は僕をも愛していないに違い無い。母も愛していない、父が愛しているのは唯一自分だけなのだ。だから自分の為に、誰を犠牲にしても平気なのだ。
 僕は、いますぐ父が居なくなればいいと思った。そう思った時、僕を見詰める父の視線に気付いた。正確に言うと父と目があったのだ。次の瞬間、父は
「ちっ!」
と口を鳴らした。
「まるで俺がいけねえみてえじゃねえか!なんだよ!俺は被害者だろ」
そういう父の言葉に耐えかねたように母と髭おじが俯いた。それから父は落ち着きを取り戻し
「卓巳!」
と僕の名を呼んだ。
「離婚する。だから今日限りこの女はお前の母親じゃねえし、由紀もお前の妹じゃねえ」
それから母に向き直り、
「てめえの顔なんざ一秒だって見ていたくねえ!今夜中に荷物をまとめて出て行け!」
とそう言った。母は力なく頷いた。


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