「由紀、由紀」
月が山裾から顔を出した時、僕らは鳥居の下に並んで座っていた。僕は由紀に肘鉄を喰らって目を覚ました。
「痛ててて。何するんだよう」
「あんたが寝惚けて人の名前呼ぶからよ」
「え?誰かの名前呼んだ?」
「ふん、馬鹿ねえ。ホントその呑気さが羨ましいわ」
僕と由紀は学校を終えるとまっしぐらに神社まで走ったきた。だから太陽はまだ沈む気配すらない。辺りが暗くなって月が出るまでにはまだ随分と時間があった。僕らは暇を持て余して少々探検をしてみた。
 神社の裏に回ってみると、小さな倉庫があった。物置小屋くらいの大きさだった。多分、お祭りや神事の時の備品が納められてるんだろう。僕は特に興味も無く通り過ぎた。けれどその直後、由紀が歓声を上げた。
「鍵、開いてるよ!」
由紀は物置の引き戸に手を掛けていた。
「ほら。簡単に開いちゃう」
と古い南京錠の足(つる)をひっぱり出してしまった。そのまま南京錠を取り去ると引き戸を開けていた。
「ああ、駄目だよ。そんなことしちゃあ。怒られちゃうよ」
「そんな気の弱いこと言わないの。あんた男でしょ?」
由紀の姿が小屋の中に消えた。僕は慌てて引き返し、開いた引き戸から小屋の中に入った。小屋の中は外見から想像していたより広かった。それと、お祭りの道具なんてまるで無かった。
「わあ、気持ちいい」
由紀がいきなり倒れこんだ。小屋の中は藁が沢山積んであったのだ。何の為にこんなところに入れてあるのか知らない。もしかしたら農家の誰かが借りて飼料の倉庫として使っているのかもしれなかった。
 由紀は笑いながら藁の上を転げ回った。由紀の身体が転がる度に藁屑が宙に舞い上がり、藁を束にしている縄が緩んだ。
「なにしてるんだよ。怒られるぞ」
しかし由紀はやめない。むしろ余計にはしゃいで転げ回った。お陰で藁を束ねていた縄が一本切れ、流れ出すように一面に散らかった。
「ほら見ろ、言わんこっちゃない」
「なにが?」
「なにがじゃないよ。こんなに散らかしたら怒られるよ」
「誰に?」
「誰にって、分かんないけど。ここに藁を置いた人だよ」
「それって誰?」
「知らないよ」
「知らないならいいじゃない。向こうもわたしたちのことなんてきっと知らないよ」
僕は由紀の言葉になんとなく納得してしまい、言い返すことが出来なかった。
 ところで由紀はいつの間にあんなに大きくなったんだっけ?と僕は思った。藁の上をふざけて転げまわる由紀を見ていて、なんだかとっても違和感があったのだ。最初に僕が由紀に掛けようとした言葉は「子供みたいに馬鹿みたい」だった。でも、ぼくらはまだ子供なんだ。なのにそんな言葉が浮かんだのは、由紀の身体が子供と言うには相応しく無いように見えたからだ。
「何よ?」
僕は由紀の声で我に返った。
「何見てんのよ?」
「え?何って・・・」
「最近、いやらしいぞ。色気づいてきたか?」
「そ、そ、そんなんじゃないよ!」
慌てて否定すると由紀は「馬鹿!冗談よ。当たり前でしょ」と言いながら僕の頭を小突いた。
「そんなことより、ほら。藁の上で寝ると気持ちいいよ」
由紀が再び藁の山に身体を横たえた。
「ほら、たくもこっちへおいで」
僕は一度、躊躇したがなんとなく抗い切れなくって由紀の隣に座った。
「暖かいでしょ。藁って暖かいよね」
そう言われて僕は藁の束の裂け目に手の平を差し込んでみた。そこはまるで太陽の熱が仕舞いこんであるみたいだった。柔らかな暖かさが僕の手を包んだのだ。僕はその心地良さに心を奪われしばらくじっと感触を味わっていた。
「ほらね。気持ちいいでしょ?」
僕は素直に頷いた。その暖かさというのはそうさせる何かがあるみたいだった。
「たくもほら、寝なよ。ほんと気持ちいいんだよ」
由紀に身体を引っ張られ、僕は藁の上に寝転んだ。そうしてみると背中いっぱいにさっきの温かさが拡がった。まるで太陽の上にいるみたいな心地良さだった。
「ああ、気持ちいい」
と僕は呟いた気がする。まったく僕はつくづく由紀の言いなりなのだ。少し抵抗しては見たものの、結局は由紀に言われたとおり藁の上に寝て、由紀の言うとおりに気持ち良くなってしまったのだ。僕はずっとこんな風に由紀の言いなりなのだろうか?
 そんな風に思っているうちに僕は意識が遠のくのを感じた。
「ちょっと」とか「信じらんない」とか「まさか寝るの?」という由紀の声を聞きながら、僕は心地良い世界に沈んでいった。


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